第2話 撤退戦の攻防
第2話 前編-A モスクワ陥落
戦闘終了時点で救援した部隊の弾はほとんど残っておらず、彼らを置いて立ち去るわけにはいかなかった。結局、彼らを近くの野営地まで護衛してから、基地に向かった。
俺が目的地であるバシルクフ基地に到着したのは、輸送機から飛び降りてから約半日あとだった。
身体検査、ID確認を終え、基地に入るとゲートで案内された倉庫に向かう。モニターで周囲を確認したが、内部がどうも騒がしい。無人ドローンが頻繁に発着陸を繰り返しており、兵士たちも険しい表情をしたまま基地内を駆け回っていた。それらを横目にズシンズシンとAF(アダマント・フレーム)で決められたルートを歩く。
倉庫に到着すると、中には『アレクトール』が4機、跪く姿勢で並んでいた。そのアレクトールの前でコンソールと睨めっこをしている金髪の青年はザックだった。彼はこちらに気づくと、手振りでアレクトールの横に止めるよう誘導してくれる。
他の機体と同様に跪いた姿勢で停める。コックピットハッチを開け、機体の外に出ると、ザックがこちらに駆け寄ってきた。
「無事に帰ってこられて何よりです。機体の調子はどうでした?」
「最高だよ。だが、使いこなせるか不安だ」
「大丈夫ですよ。そのうち慣れます」
彼はそう応じ再び作業に戻った。俺はポシェットから水と携帯食を取り出し、近くのベンチに座る。携帯食の封を切り、中にあるパサパサした触感のバーを二、三口噛じると水で喉に流し込む。ネチョネチョの触感になったバーをようやく飲み込んだ時、近くのドアが開く。ドアから出てきたのは俺の部隊の面々4人だった。
「お疲れ様です!」と敬礼をする彼らに座ったまま返礼する。皆の状態を心配し、疲れていないか確認すると、各々「大丈夫です」という声が返ってきた。その返事を聞いて俺がベンチから腰を浮かした時だった。佐藤が一歩前に出る。
「隊長、いきなりで失礼ですがモスクワの件はご存じでしょうか?」
モスクワといえば、今激戦地となっている場所だ。一抹の不安がよぎる。
「もしかして、管理軍が敗れたのか?」
「いえ、そこまでは……詳しい情報はまだですのでうわさで聞いた程度なのですが、かなり厳しい状況の模様です。基地司令もモスクワが敗走した場合を考えて、基地内に命令を出しているようです」
「そうか。その基地司令にはもう会いに行ったのか」
「いえ、まだです。隊長が到着されてから来るようにとのことです。また、挨拶も隊長のみでよい、とのことでした」
モスクワの状況を考えれば全員をゆっくり歓迎するわけにはいかないのだろう。
「わかった。準備をしたら挨拶に行ってくる。モスクワの件も基地司令にそれとなく聞いてみる。俺が戻るまで各員待機だ。いつ何が起こるかわからん。いつでも万全の態勢で出撃できるようにしておけ」
「了解!」と威勢よく返事をする彼らの声が倉庫に響き渡った。
_______
近くの手洗い場で顔を洗い、髪を簡単に整えると俺は基地司令への挨拶に向かった。
司令の書斎前のデスクには男性秘書官が座っていた。俺は彼の前に立つと、要件を伝える。彼は机の上に置かれた電話機を手に取り、司令に俺の来訪を伝える。数秒の
金色のプレートが取り付けられたドアには、司令の名前が美しく刻まれている。俺が丁重にドアをノックすると、中から「入れ」という声が返ってきた。ドアを開け、中に足を踏み入れると、そこには基地司令が机に向かって座っていた。書斎は重厚な家具で溢れ、巨大な窓からは陽光が差し込んでいる。
「到着が遅くなり申し訳ございません。第07独立AF小隊の麻倉英司大尉です」
「基地司令のオスカル・クラクフスキーだ。ここまでご苦労だった……大した出迎えもできずに申し訳ない。君の部下の話によると、ここに来る道中で味方の救援に向かってくれたそうじゃないか」
感謝の言葉を口にしながらも、彼の表情にはそうした感情は垣間見えない。表情を崩さず、感情を表に出さないタイプのようだ。
「いえ、滅相もございません。できることをしたまでです」
彼は椅子に腰かけたまま、冷静な口調で話を続ける。
「そうか……早速だが、簡単に現在の東欧戦線の概要を説明する。武器解放戦線はここから東に100kmの地点に集結している。敵集団の数は約30万で、多数のAFも所有している。裏ルートで米国から流れてきたものが大半だが、一部ロシア製も混じっている。軍本部はモスクワにご執心で、こちらへの補給が疎かになっている。そのためもうすぐこの戦線の平均損耗率が3割に達するところだ」
既に知っている情報もあったが、東欧戦線の状況は異常だ。敵の主攻はモスクワに向いている。東欧戦線は助攻に過ぎない。それなのに、ここまでの大損害だ。この状況でモスクワが落ちたらどうなる? 敵はモスクワに向けている主戦力もこちらに向けてくるだろう。そうなれば勝ち目はない。
司令はデスクに置いてあったコーヒーを一口啜った。
「それともう一つだけ君の耳に入れておきたいんだが、”東欧の魔女“を知ってるか?」
「はい。東欧を中心に活動するテログループ『教団』の指導者。今では失われたアダマント技術を大量に所持していると聞いたことがあります」
「ああ、そうだ。その魔女と『教団』だが……最近、解放戦線に技術提供しているらしい。正体不明のAFなどを発見した際は注意してくれ」
『教団』とは特異な構成を持つテロ組織だ。その構成員は上級魔導士によって形成されている。この上級魔導士たちは一般の魔道士とは異なり、AFなどの媒介を必要とせず、アダマントの力を直接行使することができる。彼らは自己を新たな段階の人類、あるいは『新人類』と見なし、力を持たない一般の人間による現在の統治体制に不満を抱いている。
彼らの目的は、従来の支配体制を転覆し、上級魔導士が主導する新たな秩序を確立することだ。そのために、彼らは東欧を中心にこれまで様々な手段を用いて政治的・社会的な混乱を引き起こしてきた。しかし、上級魔導士がほとんど存在しない解放戦線への協力にこれまで否定的だった。
そのため、この話を聞いて俺は驚きを隠せなかったが一言「了解しました」と返答した。
そこまで話をして、司令は無言で手元の端末を覗き込む。部屋の中は静かで、ただアンティークの壁掛け時計の針の音が響いている。もう用件はないのだろうか。妙な緊張感が漂っており、先ほど洗ったはずの額から汗が流れている。
「バルベルデの内紛に行ったらしいな」
「はい……その通りです」
急に昔の話を振られて少し戸惑ったが、何とか返答する。どうやら司令が端末で見ていたのは俺の経歴のようだ。
「あの戦いを生き延びたのなら、優秀なのだろう。君のような兵士がもっと早く来てくれていれば、ここの状況ももう少しましだったかもしれんな」
ただのお世辞だろうが、俺は言葉に詰まってしまう。
バルベルデ共和国の紛争は、その国の地下から大量のアダマント鉱石が発見されたことで引き起こされた。アダマント鉱石のその希少性と高い戦略的価値から、バルベルデ共和国は国内外の様々な勢力の関心を集めることとなり、武力衝突が勃発。最終的に武器管理委員会が介入して事なきを得たが犠牲は大きかった。俺はいまだにあの紛争の悪夢を見て、眠れない夜がある。
「あの戦争ではたくさんの戦友が死にました。私が生き延びたのは幸運なだけです」
部屋の雰囲気は重く、静寂が辺りを包み込んでいた。ただ「そうか……」とだけ答えたオスカルは、思索に沈んだ表情でスキンヘッドの頭を手でつるりとなでる。彼の手は荒れ、傷跡がある。
「人は本当に戦争が好きな生き物だ。資源で争い、資源が足りてもイデオロギーで殺しあう……いつになったら平和とやらは訪れるのか」
彼の声は嘆きとも怒りともつかない調子で部屋に響く。そこで壁掛け時計の鐘が鳴った。時刻が16時になったことを示す。
「もうこんな時間か。あまり時間を取れずにすまない。次の会議の資料に目を通さないといけなくてね。簡単な質問なら答えられるが、何かあるかね?」
俺はモスクワの件が頭に浮かんだ。
「それでしたら……」
その瞬間、電話が鳴り響いた。俺の言葉が遮られる。彼は「失礼するよ」と一言こちらに断ってから受話器を握った。
「オスカルだ……ああ、わかった。すぐに全員を集めてくれ」
そう言うと彼は受話器を置く。短い会話のはずなのに、俺にはその時間が異様に長く感じた。
「今、入った情報だが……モスクワが陥落した」
その言葉が部屋に響き渡った瞬間、空気が凍りついたような感覚がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます