農村、ある盛り場にて 3

「その子かい。

ああ、今さっきまでそこに座っていたよ。うちの問題客に当たっちまってね。シナイ、だったかなんだったか。まあ、木の棒だよ。木の棒。それをやつの頭にピシャッ、とだ。

丁度助かったところだよ。あいつには大分手を焼かされてね。うちだって若い子は少ないんだからさ。あいつに何人辞めさせられたか。

それでも来るなとは言えないのがこういう店の辛いところでね。どんなに嫌いな客でも金を落とす以上は客だ。


だからああいう扱いしちゃいけないんだがね。それでも胸の中スカッとしたよ。いやあ助かった助かった。

そりゃあうちの店員である以上そいつには謝らなきゃなんないんだけどさ。理不尽に謝るほうが多かったからね。

なにより来ていた客のみんながヨーコの味方だったからしまいにゃ折れちまってね。大体店員が迷惑だと思ってる客ってのは他の客にとっても迷惑なもんだよ。


ああ、家で雇ってるよ。最初は住む場所もなかったみたいでさ。うちで働いてくれる事を条件に住んでもらってるのさ。

こういう女所帯はなめられがちでね。酒を注がれたがるくせに女だてらが働くだなんだ言いやがる奴をしばく奴が欲しかったんだよ。

まあこういった水商売ではいい店員とは言わないけどね。いい年して酒の一つも飲めないし、客に嫌そうな顔して注ぐもんだから何度叱ったか。

もうウブって年頃でもないだろうに。

それとも都会ではあの年齢でもガッコに行かせてるのかね。こんな田舎じゃ金勘定が出来ればあれより若いのが働いてるっていうのにさ。


どっちにしてもまあいい用心棒だよ。

うちみたいな場末だったら来るのも年寄りばかりだしね。若い子はもっと大きいところ行くよ。

しかも女とは言えあれだけしっかりした身体だから男でも黙っちゃうのよね。うちの村の丈夫と並んでも遜色ないくらいさ。

あれでもあんたの住んでいた場所は大きな方じゃないのかい。へえ。あんたの住んでいたイセカイとかやらは巨人が多いんだねえ。


でもヨーコにとっては住みやすい場所なんじゃないの。少なくとも暗い顔して働いてるって印象はないね。

人間苛立って仕事なんてしてもろくなことないからね。そりゃあ楽しい事よりも面倒なことのほうが多いけど、楽しい事が一つでもありゃ明日も働けるもんさね。

楽しく、無理なく、その日を過ごすってのが一番なのさ。ヨーコにとっちゃうちは一番過ごしやすい場所だったんじゃないかね。


でも、あれだけデカくても若い子だから外で働きたくもなるだろうねえ。私だってそうさ。若い頃は都会に出たんだよ。

でも、全くだったよ。なんでもありだからね。

なんでもありだと人間草臥れちまうんだよ。一々変化を求められて、やりたい事をやりたくない事に塗りつぶされて、いつの間にか最初やりたかったことから大きく外れちまってる。

それが嫌になって故郷に帰るんだわな。田舎なんてやれることはたかが知れてる。だけれどそれでも生きていけることを知っちゃうのさ。

なんでも出来る世界ってのは、自分でやることを決めて、力を込めて歩いていかないと行けない場所でもあるんだわね。

黙っていたら勝手に流されちゃうんだから。


それでも若い頃ってのは楽しかった。

例え結果として流されても力こめて歩いたのは事実だからね。流されないように必死になって。何度も流されて。

その充実感はこの手の皺がなくなるような気分になるんだよ。


ああ、長話が過ぎたね。

あの子はこの上の部屋さ。話してきな。

で、どうなったかはきちんと私に話な。慮ってやるから。


で、

アンタ、あの子のなんなのさ。」


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