港町、ある酒場にて 2

「半年前に来た黒い髪の女?あー、知ってるさ。よく覚えてる。お前あいつの知り合いかい。

知り合いならあいつがトンズラして出来た借金払ってもらおうかい。……冗談だよ冗談。そんな悪どい商売してたらこの街から追われてしまうぜ。

でもなにがあったか、少なくとも知り合いだったっていうお前は聞く義務がある。ああ、ろくでもない話だ。それでどうなるとかああこう言う気はさらさらねえがな、晴れる気もあるってもんだ。


お前もここらを歩いてきたからなんとなく察しはついてるだろ。ここは歓楽街だ。言ってしまえばお前みたいなガキンチョが歩き回っていい場所じゃねえ。

でもたまにいるんだよ。テメエみたいなガキンチョ。大抵なにかと面倒事を持ってきてな。

ここの女ってのはな、大抵どこかで売られたとか、食い扶持減らしのために親から追い出されたような奴らが集まるんだ。いわば何かしらの曰くがある。

そういう奴らにも前の町や村で人生ってのがあってな。その残り香を残すやつが探しに来るんだよ。お前もそのくちだろ。

ほらな。お前の目を見りゃ分かるよ。何軒か既に回ってきたろ。お前みたいな目をしたやつは何人も見てきた。

そこでそれとなく気付いたはずだ。どの店にも女がいるって。そしてそれがお前のような目をどんどん濁らせていくんだよ。


単純な話だ。

金を持った男と金どころか住む所すらない女。その二つがいて何も起きないわけがない。女は生きるために体を売るし、男は快楽のために金で買う。

それが歓楽街の理ってやつさ。

なに睨んでやがんだよ。事実だろ。事実を口にしたまでだ。お前のようなガキがこんな場末で吠えても変わらねぇんだよタコ。そんな場所に足突っ込んできたのはてめえの方なんだよ。


そうさ。ヨーコとか言ったな。そいつも買われたんだよ。

異国の雰囲気を纏った上玉だからな。何もしなくても勝手に売れたよ。

まあ一部の客には無愛想で好まれちゃいなかったがね。アバタもエクボってやつだ。そういうのが気に入るやつだっているんだ。

そういうのを徹底的に自分好みに仕上げたいってやつもいるからな。いい金になったんだよ。金になるはずだったんだよ。


だがな、あいつ店を出てから客の金を奪ってトンズラしやがったんだよ。

客が怒鳴り込んできたよ。高い金を払って手に入れたのにってな。

まあ高飛び自体はよくある話さ。女だって生きるためにやることやってるだけで好き好んでやってるわけじゃあない。そいつらにだって選びたかった相手がいるはずだしな。

だがこちとら信用問題だからな。客が店に払った金を返さなきゃならねえんだよ。女売りやってるの協会にバレてシメられたくねえしな。


あ、なんだよ。

あのな。どの酒場だって女を売ってるの。綺麗事抜かしてた店もあるかもしれねえけど、影に隠れて売ってるところなんていくらでもあんの。

そういうのが表立つのがめんどくせえからしてないことにしているってだけでな、大抵の店はやってんの。

その金で新しい金や女をまた買うんだ。私腹なんか肥やす余裕ねえよ。お前ここに来るまで何軒酒場見てきたんだよ。あいつらは仲間じゃねえんだよ。

一応協定みたいなのはあるがな、原則的には敵なんだよ。どうやって出し抜くかしか誰も考えちゃいねえ。

女を売るのは協定破りかもしれねえが、そんなもんお上にバレねえ為のやり口でな。どこもやってんの。


そしてその現実を知った奴から黙って田舎に帰って行くんだよ。賢明って奴だ。そいつがオネンネしたかった女は金を持った誰かと同じ枕で寝ているんだから。

子供の頃にみた夢と割り切って村で畑でも弄ってた方がましなんだよ。こんな所でどうなってるか分からねえ女のケツを追いかけるよりも遥かによ。


なんだお前、それでも探すのかよ。

なに、帰る場所もない。お前馬鹿だねえ。その女と心中でもするってかよ。第一お前がその女から求められねえ可能性もあるだろうよ。それでもかよ。

……なるほどね。お前馬鹿だねえ。しゃあねえ。ちょっと待ってろや。ここに、確か。あったあった。この店の一番いい酒だ。

客のだがね。まあこいつも払う払うといってツケ払いだ。一杯ぐらいならバレねえよ。ほら、飲め。俺の奢りだ。

飲めねえ。関係ねえよ。飲め。そうやって大人になるんだよ。

ところでよ、野暮かもしれねえがな。


アンタ、あの子のなんなのさ」




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