港町、ある酒場にて 1
「半年前にはここに来た筈さ。
仕事を探しに来たって言ってたね。あんな華奢な腕の女、こんな場所では働き口なんかねえもんさ。
ただ、全くねえって言っても嘘になる。金を持った、しかもきっぷの良い男達が夜のとばりからとばりを渡り歩くんだ。そういう場所にはどうしても料理を作るやつと酒を持っていく奴が必要になる。
そして相手はなんだかんだ男だ。男が持っていって不満を持つやつはいねえが女が持っていったほうが断然喜ぶ。想像の通りさ。
女に接待されて喜ばねえ男はいねえ。この街で食っていくってのはそういうことなんだよ。
ベイから来たと言ってたな兄ちゃん。
ということはあの子もそんなところだろう。見りゃ分かるよ、お前さんの目を見りゃ。都会の空気が不味く感じた目だ。あの煙ったい空気がな。
スカにゃそういう奴が多い。あそこで一旗揚げようとして、気付けばバーの末席で安酒を煽る日々。それに嫌気がさしてここに来ちまうんだな。
ここはベイほどじゃあねえが人はいる。かといって田舎とはよほど言い難い。あくまであそこよりは小さいだけであって、それでも街は賑わってる。
そういう逃げ場をなくした負け犬がここに巻き込んじまうんだよ。
だが分かってもらわなくてもいい。いや、お前さんくらいの年齢では知る必要もねえ。知ったところでここの荒くれ者には古傷を開くような真似をするだけだ。
誰だってお前さんやあの子のように、明日が待ち遠しいと目を輝かせて生きる時があったってことさ。それがやけに眩いんだよ。
だからというわけじゃねえけどな。
目の濁った男達にはあの子のような子はいじめがいがあるんだな。女だから尚更余計に、な。
そうでなくても女日照りでギラギラした連中だ。その輝く目を汚したくなる気持ちは俺も分かる。
待て待て。そう怒るな。だがそれをやるやつはいねえよ。そういう奴らはな、日常を破壊するのが一番嫌なのさ。
そうでなくてもあいつらは都会の空気の中で飯が食えずにここまでたどり着いた奴らだ。そういう奴らにとって一番困るのは何だと思うかい。
そう。食い扶持や憩いの場がなくなることなんだ。いや、こいつにも語弊がある。今の人間関係を失いたくねえんだな。
さっき言ったろ。ここにいる男は大抵あちらから来た負け犬ばかりだって。だから負け犬同士傷口を舐めあってるんだ。
負けた者同士仲良くやっていこう。負け犬だけでもなんとか世の中なるんだってのを証明したくて仕方ねえんだよ。
だからここで最も嫌われる事は裏切りなんだよ。あっちにはあっちのルールがあるようにこっちにはこっちのルールがある。
だがあっちは金の信用が全てだが、ここは仲間同士の掟が全てだ。この信用と掟ってのが似ているようで違う。
あちらの信用は一、二度裏切ってもいい。二度と会わなければいいだけだからな。そいつも風評になっちまったら終わりだが。
だが、こちらの掟ってのはいつも誰かが見ているところが一番肝要だ。誰かに自分の姿を見られたら仲間の誰かに告げ口される。それで一回で行き場所を失うんだよ。
そう。ここで掟を破るのはこの街を出ることに直結する。野垂れ死に以外の選択が出来なくなっちまうんだよ。
いかんな。つい話しすぎちまったな。
あの子も可愛がられてたんだ。だが荒くれ者の口や手はあの子の華奢な腕じゃあまりにも強すぎたようでな。最初は頑張っていたんだが、段々と暗い顔になっていっちまってな。
給料を出した夜に消えちまったよ。どこに行ったかは分かんねえ。
ここに飲みに来ていた奴らは意外と気に入っていたようで随分気を落としていてな。あの子はそう思っていなかったのかもしれねえが、俺達にはもう仲間だったんだよ。
まあ、その辺りの上手い立ち回りが出来なかったから今こんな場所で飲む羽目になっちまってるんだろうがね。つくづくどいつもこいつも馬鹿しかいねえってことなのかね。
もしあの子に会ったらいつでも帰ってこいって言ってくんな。ミルクはその駄賃だ。金はいいからきちんと言ってくれよ。
まあ、他の居酒屋とかも回ってみたらなにか掴めるんじゃねえかい。とはいっても俺は分からんがね。
ところで、
あんた、あの子のなんなのさ」
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