第3話 ロクでもないこの世界


 ここのところ数日間、俺は冒険者組合ギルドが管理する図書館でずっと本を読んでいた。

 目的は、この世界での常識を手に入れるためである。文字は自動翻訳されて読めるが、この世界の歴史や法律などを俺は知らない。貨幣の価値すらわからないって難易度ハードコアだろ。

―数日だけじゃ学べることも少なかったが、最低限の教養を得ることが出来た。


 この国の名前は【樹槍浮島グングニル】。


 【浮島】と名につく通り、この国―ひいてはこの世界―は宙に浮いているのだ。

 この世界の陸地は全て「浮島」であり、下が見えないくらいの天空に存在している。


 その浮島群の中心に位置する国、【グングニル】。そこの中心には【世界樹】と呼ばれる大樹が生え、島全体に根を伸ばしている。

 立地面だけではなく、貿易面でも世界の中心らしいので、世界の人々や物資が集まる大都市となっている。


 他の島に移る理由もないし、当分の間はここで暮らすことになるだろう。


 次に学んだのは、魔法についてだ。

 魔法の原理は詳しく解明されておらず、理論的なことはよくわからなかったが、冒険者として生きるために実用的なことは学べた。


 魔法は誰でも使えるわけでもなく、生まれ持って適正がある―技能スキルを持つ―人にしか使えない。そのような人が、適切な詠唱を行い、空気中きら魔力と呼ばれる謎のエネルギーを送り込むことで発動するのだ。


 俺は、雷魔法や風魔法が多少使えるようになる技能スキルを持っている。だから、様々な魔道書を読み漁り、幾つかの魔法の詠唱を覚えた。

 その甲斐あって、少しだけ使える魔法が増えた。次の戦いでは活かしていきたい。


 他にも、物の価値や、この国の歴史など、様々な物を学んだが、また今度話すとしよう。




 俺は冒険者組合ギルドに訪れ、採取系の依頼クエストが来ていないか確かめる。


 採取系のクエストでは名の通り、特定の物を一定数集めて納品するという仕事だ。

 他にも護衛系や討伐系などのクエストがあるが、それらのクエストでは戦いを強制される。しかし、採取系のクエストでなら、敵と遭遇した時に逃げてもいいので、一言で言うと楽なのだ。


「あった。薬効の持つキノコ数十個納品…と。楽な仕事だし、やり得だな。」


 俺は受付に行ってこの依頼を受け、早速キノコの採取に向かった。




 世界樹の周りは、樹が持つ魔力の影響で大森林となっている。そこでは生態系が狂い、珍しい生物や植物が群生しているのだ。

 そのため、それらを目当てに、森に入る冒険者が沢山いる―俺も、その一人なのだが。


 森に入って一時間も経たず、依頼達成に必要な数のキノコが集め終わった。こんなに楽な仕事で給料が出るなんて、儲けものだな。


 そろそろ戻ろうと森の中を進んでいると、一匹の魔物に出くわした。流線を描くような丸いフォルム、水滴のような体―スライムだ。


 スライムって、ゲームの序盤に出てくるようなザコ敵だよな?これなら俺にでも勝てるだろ。俺は短剣を構え、臨戦体制を取る。


…なんか、近くの人が離れていくように見えるんだけど、スライムから逃げている訳ではないよね?


「お、おい!あの冒険者、スライムに挑もうとしているぞ!」

「マジかよ!あのスライムと戦うなんて、勇者か!?」


…周りの野次馬から聞き捨てならないセリフが聞こえた気がする。「あのスライム」ってどういうこと?


「スライムって確かランクAの魔物じゃなかったか?」


 俺は外野の声を聞いて青ざめる。えっ、Aランク?あのスライムが?

 Aランクって確か、小さな村なら一体で滅ぼせる強さって聞いたよ!?


 絶望に浸っている間もない。

 俺の顔目掛けて、スライムが飛びかかって来た。


「危ねぇ!」


 スライムの攻撃をギリギリで避け、短剣で反撃の一撃を入れる。

 短剣は奴の体を貫いたが、ダメージを受けた様子がない。痛覚がないのか?


 とにかく、このままでは分が悪い。魔法が効かないか試してみよう。


「【火炎球ファイア】!」


 火炎球ファイア―火属性の下級魔法。小さい火球を一つ、または複数作り出し、それを敵に投げつける魔法だ。下級と名がつくが、その威力は侮れなく、前世の手榴弾―実物は見たことないが―を越える威力はある。


「やったか?」


 火球の爆発で巻き上がった煙を見て、思わず俺はそう言ってしまった。しかし、俺は知っている。これは死亡フラグなのだと。


 煙が消えると、その中から無傷のスライムが現れ、俺を目掛けて飛びかかって来た。

 今度は上手く避けられず、俺の顔にスライムがまとわりつく。物凄くベトベトする、気持ち悪いぃ。


 俺はスライムを剥がそうとしたが、効果がない。ここまで来たら切り札を使うしかないか。


「運命進み、祝福よ我が手に!

賭博魔法ギャンブルマジック天恵ギフト】!」


 【天恵ギフト】、自分や他人に、ランダムに選らばれた【能力向上バフ】【能力低下デバフ】の一つを付与出来る魔法だ。他の【賭博魔法ギャンブルマジック】と同じく、何が起こるかは運次第。


 スライムに【再生】―徐々にHPが回復していくバフ―が付与された。

 最悪だ。何でこういう時に限って運が悪いんだよ。


 今度は俺を対象に魔法をかける。

 付与されたのは【魔法使用不可】。


 万事休す、終わったな。

 ここに来て一週間も経ってないのに、俺死ぬのか?


 酸欠で意識が朦朧もうろうとしてきた。


 薄れゆく意識の中で、桃色の髪の女性が近寄って来たのが見えた。まあ、もう俺には関係ないことだと思うけど。そう考えたところで意識が途切…


「危ない、危ない。もう少しで死ぬところだったぞ。」


 桃色の髪の女性は死にかけの俺を救いだし、そう言う。その女性はとても凛々しく、騎士の鏡のような人だった。


「あ、あなた‥は?」


 俺は今出せる力を振り絞って聞いた。


「私はレイチェル、ただの騎士さ。」


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