第8話 その目に映るは


「うわーお! なーんかすごい子来ちゃったねー!」


 アースカルズ戦術学園・四皇生徒会室の一角。前方に設えられた液晶モニターには、今まさに綾乃が青髪を斬り伏せた瞬間が映し出されていた。

 それを見た四皇生徒会書記の神善しんぜん祀羅まつらは、ネイルで彩られた手を口元にやった。

 神善祀羅――小さめの肢体だが、胸の存在感が凄まじい。銀色のツインテールに濃く施されたメイク。改造された制服はもはや原型をとどめていない。見た目から快活な様子がにじみ出ているギャルだ。

 こんな身なりをしているが、これでもアースカルズ戦術学園において〈魔導特科〉序列第三位の実力者である。


「あー、綾乃クンやろ」


 興奮気味に声を上げる祀羅に、生徒会長・皇鳥つばめは淡白に答える。


「え、カイチョー知り合いだったの!?」

「あれ、言っとらんかった?」


 大仰に頷く祀羅。

 つばめは少し記憶を探ると「あぁ」と声を漏らした。


「そういえば『あの日』は、祀羅おらんかったな」

「なになに!?」

「いやな、祀羅がテロ集団をぶっ潰してた日に、綾乃クンがウチを訪ねてきたんよ」

「ほうほう!」

「んでな、綾乃クンウチに何て言ったと思う?」

「結婚してくださいとか?」

「あほ、殺すで」

「冗談だってもー! すぐ物騒なこと言うのカイチョーの悪い癖☆」

「……まぁええわ。彼な、ウチと勝負して勝ったら学園に入学させてくれって言ってきたんよ」

「わーお。――え、ということは!?」


 ぽかんと数秒固まっていた祀羅が大きく目を見開く。


「ま、そういうことやな」


 椅子に深く腰掛け、つばめはお茶を啜った。


「〈破壊の黒兎デストロイ・ラビット〉と呼ばれてるカイチョーがねぇ……ふぅーーん」

「ぶっ。そ、その名前恥ずいから呼ぶの禁止言うたやろ」


 祀羅の言葉に赤面するつばめ。若干噴きだしたお茶を手持ちのハンカチで拭う。


「えー! いいじゃん〈破壊の黒兎〉! 私なんて〈神武〉のせいで〈重双の装甲姫アーマード〉なんて呼ばれてるんだよ! それってさ、なーんかアタシが太ってるみたいじゃん!」

「どうでもええわ……」

「会長の敗北は、さすがの私も予測できませんでしたよ」


 と、二人の間に突如として現れた影。眼鏡をかけた高身長の少年は、ふちを人差し指で上げると手に持った資料の山をテーブルに置いた。


「いやアタシらの間に割り込んでくんなし。カゲオは影らしく端でじっとしてろし」

「失礼、会長に纏わりつく不純な要素を取り除くためでしたので」

「はぁ!? そのフジュンな要素ってアタシのこと!? カゲオのくせに言ってくれるじゃん!」

「二人とも」

「「……ッ!」」


 つばめが向けた底なしの冷たい瞳が二人を制する。


「っく、あとで覚えてろし」

「……」


 すまし顔で眼鏡のふちを上げる少年の正体は、四皇生徒会会計・黒鋼くろがねえい。今では珍しい黒髪に、これまた同じく黒の眼鏡。〈情報科〉に所属しており、知的な雰囲気を漂わせているだけあって学園内で彼の右に出る戦術提案者はいない。

 二つ名に〈全能の眼鏡グラスゼウス〉とあるが、本人はあまり使いたがらない。


「それにしても、ふむ……あの時の少年ですか。やはりというか、何もかもが化け物じみていますね」

「化け物って、言い方ヒドくない?」

「いやいや祀羅、言いえて妙やで。さっき綾乃クンがなんて言ったか憶えとるか?」

「『君たちを救う』じゃなかったっけ?」

「そ。で、今彼は何してる?」


 祀羅が画面を見やる。


「……めちゃくちゃ速い動きで斬りまくってる!」

「そうや、見てみ。逃げてる奴にも容赦ない斬りっぷりや。前までは、少なくともウチが初めて会うた時はこんなんじゃあなかった。何というか……ふわふわとしてたんよ」

「そうですね。確かにこの少年、『救う』『護る』と言いつつ、その対象となる人間の本質を見ていなかった。いや、見えていたのに見えないふりをし続けていたんでしょうね」

「え……急に難しい言葉使うのやめてくんない?」


 若干引き気味に祀羅が言う。

 一瞬祀羅に目を向けた影だったが、構わずに続ける。


「それが、先ほどの馬鹿どもの愚行が原因で気付いてしまった。コイツらを護るためには、『力で分からせるしかない』とね」

「従わないなら従うまで痛めつける。綾乃クン純粋やから、それが間違ってるって気付いてないんよな」

「えぇ~、じゃあ教えてあげようよ! 君のやり方は間違ってる! って」

「なんで?」


 当たり前のように疑問符を浮かべるつばめ。


「なんでって、それじゃあ綾乃君本当に化け物になっちゃうじゃん!」

「ええやん、化け物になったら」

「カイチョー……」



「うちの学園は強ければ英雄でも化け物でもええんや。戦争に兵士は多いにこしたことはないしな」



「そのお考え、素敵です会長」

「……私にはわかんないなぁ」


 つばめは椅子を回し、窓から見える校舎を眼下に不敵な笑みを浮かべる。


(あの時一瞬見えた竜の影……ふふ、ほんま楽しみやわぁ)


 綾乃に斬られた瞬間を思い出しながら、つばめは冷えてしまったお茶を嚥下した。

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