第7話 エゴ


あの後数分の時を経て、開始地点に綾乃たちはたどり着いた。

 新入生オリエンテーション――もといバトルロワイアルは、学園施設の一つである広大な『森林エリア』を使って行われる。

 周りが特殊衝撃吸収壁で覆われている森林エリアには、物理・能力による人体への被害を抑える〈疑似戦界システム〉が設けられている。

 マリア曰く、全力で人を斬ったところで意識を失う程度で済むらしい。


(悠斗、大事な部分の説明が抜けていたよ……)


 今は見ぬ友人の姿を思い馳せながら、綾乃は静かに涙した。


「まったく、あと三分で始まるってのにそんなことも知らなかったなんて……」


 大きなため息を吐き両手を上げるマリア。


「申し訳ない」

「まぁいいわ。その分アンタの実力を見せてもらうから」

「僕がいなくても君一人で全員倒せるんじゃ……」

「私がそんなつまらないことするわけないでしょう」


 出来ないとは言わないあたり、さすが主席入学者といったところか。


『出場者全員の待機を確認しました。それではこれより、新入生オリエンテーションを開始します』


 二人の会話を遮るように、アナウンスが響き渡る。


「始まるわよ」

「うん」


 マリアは二対の剣を、綾乃は一刀を携えた状態で目を細めた。

 どのような形であれこれも戦いの一つだ。

 綾乃は呼吸を整え、鞘を握る力を強めた。


『カウントダウン……三、二、一……』


 そして、


『バトルスタート!』


 甲高いサイレンと共に、エリア一帯の〈疑似戦界システム〉が起動する。

 いくぞ、と意気込んだ――その瞬間。


「え」


 二人を起点に、突如として周囲に激しい火柱が噴き荒れた。続いて一瞬ひるんだ綾乃を狙うように、上空から無数の氷矢が降り注ぐ。


「な、なんだ!?」

「あらら、やっぱりこうなるか」


 紙一重で氷矢の襲撃を躱した綾乃。それを横目にマリアは小さく吐息を吐いた。


「こうなるかって、どういうこと?」

「簡単な話よ、見なさい」

「――?」


 マリアに釣られるように視線を上げる。


「…………うそでしょ?」


 そして目に入った光景に、綾乃は頬を引きつらせた。


「残念ながら現実よ」


 そこにいたのは、百名は超えよう〈魔導特科〉の生徒たち。それぞれが己の〈神武〉を構え、綾乃とマリアを取り囲んでいた。

バトルロワイヤルという形式上、本来ならお互いに戦っているはずなのだが……。


「一番強い奴を真っ先に倒す。まぁ良い判断ね」

「いや感嘆してる場合じゃないでしょ!?」


 お互いに協力し合ってでも倒したい相手がいる。

 その矛先を向けられたマリアは、余裕そうに微笑を浮かべた。

 だがこれはまずい。非常にまずい状況だ。


「へへ、ズルいとは言わせねぇぞ」

「悪いね。君を倒さないと勝負が始まらないんだ」

「大人しくやられてよね……!」


 じりじりと距離を詰めてくる生徒たち。


「これは……一旦逃げた方が良いんじゃないかな?」

「どこに逃げるってのよ?」

「あ」


 先ほどまで噴き荒れていた火柱こそ消えたものの、代わりに百名を超える人壁が二人の退路を完全に絶っていた。


「じゃあ私は十人やるから、あとの雑魚はアンタがやってね」

「逆だよね!? それ絶対逆だよね!?」

「冗談よ、半分でいいわ」

「半分か! じゃあ何とかって――おかしいよ!!」

「あら、何とかはなるのね」

「……っ」


 不敵な笑みで視線を向けてくるマリア。

 綾乃は思わず息を詰まらせてしまう。

 マリアは「ふふ」と軽く笑いを漏らして肩を竦めた。


「期待してるわよ」


 あまりに一方的な物言い。マリアは振り直り、二対の剣を構えた。


(師匠と言いマリアさんと言い、どうして僕の周りには無茶苦茶を言う人しかいないんだ……)


 心内で嘆きを漏らす綾乃。だが、


(期待してる――か)


 そこまで言われたのなら仕方がない。


「まぁ、やれるだけはやるよ」

「この、余裕ぶりやがって……ッ!」


 と、二人の漫才に業を煮やしたのか、大柄の男子が大剣を担いで高く跳躍した。


「じゃ、背中は任せたわ」


 マリアが勢いよく地を蹴る。今しがた跳躍した男子は、いつの間にか地に倒れ伏していた。


(さすが、Sクラスはレベルが違うな)

「おい」

「ん?」


 呼ばれて見やると、青髪の男が距離を縮めてきているのが見えた。


「お前さ、Eクラスだろ?」

「そうだね」

「はっ」


 素直に首を縦に振ると、周りから嘲笑が漏れた。


「Eクラスの雑魚が俺たち相手に勝てると思ってるワケ? それになんだよその〈神武〉。刀? はははッ! 頭がイカれちまったか?」


 ちらりと彼らのバッジを見やる。B、C、Dの小さな輝きを認め、綾乃は小さく笑んだ。


「それはやってみないと分かんないね」

「おいおい、本気かよ~? みんな聞いたか? コイツ俺たちに勝つ気らしいぜ!」

「部をわきまえろよな」

「粋がってんなぁ、くくっ」

「Eクラスのくせに」


 周りの言葉に背を押された青髪の男が、両手を大きく広げた。


「おいおいみんな言い過ぎだって! 可哀想だろ~?」

「…………」

「でもそうだな、確かにこの人数で雑魚をボコっても面白くないしな」


 そうだ、と青髪の男が手づちを打つ。


「――『土下座』で許してやるよ」


 そして信じられないようなことを言ってきた。


「ははっ、そりゃ傑作だ!!」

「サイコーだよ真久部君! ほら早くしろよ、それで許してあげるんだから安いもんだろ!?」

「はいどーげーざ! どーげーざ!」


 一人のコールに呼応するように、全員が綾乃に対して土下座を叫んできた。


「…………一つ聞いていかい?」

「あ?」


 土下座コールが止む。青髪の男が歪に歪んだ笑みで答える。


「君は、何のためにこの学園に入学したんだい?」

「はっ、そりゃ決まってんだろ!」


 俯いた綾乃の顔を覗き込み、続けた。


「金だよ金。ここさ、才能さえあれば入学余裕だし、候補生扱いだから金も貰えるしでこれはもう入るしかないじゃんって思ったわけ! お前だってそうだろ?」

「……そうか」


 綾乃は静かに柄に手を持っていく。


「僕はみんなを護るためにこの学園に入った。だから、君たちがどんな存在であれ平等に接する。平等に護る。平等に救う。それは変わらない」

「あ、何言ってんだお前?」


 青髪が眉をひそめる。だが綾乃は構わず続ける。


「そうか、師匠がこの学園を勧めたのはこういうことか」


 ふと「話せば分かるが通用すれば戦争は起きない」という我郎の言葉が脳裏を過った。

 それを聞いて尚、綾乃は今まで人間という生き物を勘違いしていた。

 心の奥底で、きっと頑張れば分かり合えると信じていたのだ。

 少なくとも――この瞬間までは。


「さっきからぶつぶつ何言ってんだか。おい、もうやっちまおうぜ」

「さんせー、ほんと面白くないわ」

「じゃ、やりますか」


 生徒たちが〈神器〉を顕現させ、不服そうな表情で構えた。


「ま、そういうことだからちょっと痛い目見てもらうわ」


 青髪が吐き捨て、剣を振りかぶる。


「死ねよ」


 そして、今まさに刃が綾乃を切り裂こうとした――その瞬間。


「じゃあ、やり方を変えないとね」


 抜刀。人間の動体視力を越えた亜音速の斬撃が、青髪を襲った。


「…………は?」


 素っ頓狂な声を最後に、力なく地に倒れ込む青髪。

 ざわっと、辺りが異様な光景を前にたじろいだ。


「え、は? 何が起きたの?」

「ど、どういうこと?」


 今この瞬間、確かに周りの綾乃に対する認識が変わった。

 その視線を集めた綾乃は、静かに刀を構える。


「まぁとりあえず、話して分からないなら――やるしかないよね」


 だって、と綾乃はにこりと笑った。


「僕は君たちを救うんだから」

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