第6話 神喰いの妖刀


 それは、あまりにも唐突だった。


「どうも、さっきぶりね」


 炎を想起させる紅の長髪。有象無象を一蹴するほどに美しい容姿。

 主席入学者、マリアの姿がそこにはあった。


「え、えと……」


 設えられた大型モニターには現在、AIによって決められたペアが表示されている。

 その頂上。大きく映し出されたペアに、綾乃は自分の目を疑った。


 ――『マリア=レイドランス&斬崎綾乃』。


 マリア=レイドランス。Sランクの名を冠した、正真正銘の最強少女。

 対するは、落ちこぼれEランクの風変わりな少年。

 明らかに釣り合っていない。

 ペア表示には、それぞれのランクも同じく映し出されている。そのおかげか、会場は今まさにちょっとしたパニックを起こしかけていた。


「何よ、文句でもあるわけ?」


 はっきりしない態度に業を煮やしたのか、マリアはぷくりと頬を膨らませる。


「いやそういうわけじゃないんだけど。ほら僕ってEランクだし、釣り合ってないなと思ってさ」

「……」


 正直に言うと綾乃もかなり混乱している。

 当たり前だ。Eランクという烙印を押された自分が、まさかSランクの最強少女とペアを組まされるなんて思いもしないだろう。

 きっと何かの手違いだろう。すぐさま近くの教師に報告に行こうとするも、マリアが肩をがしりと掴んできた。


「どこいくのよ」

「と、トイレに……」

「私に嘘は通じないわよ」

「ぐっ……」


 息を詰まらせる綾乃。どうやらマリアには全てがお見通しらしい。

 なおも抵抗を続けようとする綾乃に、マリアは首を傾げた。


「どうしてアンタがEランクなのかは知らないけど、私は釣り合ってないなんて思ってないわよ」

「え……」


 じっとマリアは視線を合わせてくる。ルビーのように輝きを放つ瞳が、真っ直ぐに綾乃を捉える。


「ちょっと気になってね。朝からずっとアンタを見させてもらったわ」

「あ、まさか!」


 そこで綾乃はハッとした。

 早朝、校門に至る直前に感じた奇妙な気配。

 あれの正体はマリアだったのか!


「完全に気配を消したつもりだったけど、どうやらバレてたみたいね」

「いや、それは」

「単刀直入に言うわ、私はアンタに興味があるの。だからその力、この戦いで是非見せてちょうだい」


 微笑を浮かべるマリア。辺りのざわめきが、より大きく変貌した。


(人の話を聞かないこの感じ、師匠とそっくりだ……)


 この類の相手を十年してきた綾乃ならわかる。


(こうなったらもう、何を言っても無駄だよね)


 内心苦笑を漏らしながら、綾乃は「分かった」と重い腰を上げた。


「ふふ、物分かりのいい人は好きよ」


 それだけ言うと、マリアは踵を返してその場を後にしようと――


「ちょっと待って」


 する前に、綾乃が待ったをかけた。


「何かしら?」


 年齢に似合わず落ち着いた雰囲気で、マリアが聞き返してくる。


「ペアを組むなら、最低限お互いの神武特性は把握しておいた方がいいと思うんだ」

「……」

「僕の神武は見ての通り刀だ。……それで、隠しているようだけど君の神武は何なの?」

「――隠しているのはお互い様じゃないかしら?」

「っ」


 マリアの何気ない一言に、思わず息を詰まらせる。

 この娘、まさか『コレ』が見えているのだろうか。

 数秒間の沈黙が流れる。


「冗談よ。別に私は隠すような代物でもないしね」


 そんな綾乃の心配をよそに、マリアは軽い調子で言った。


「――来なさい、〈レーヴァテイン〉・〈ダーインスレイヴ〉」


 瞬間、まるでガラスが砕け散るように空間が弾けた。続けて悲鳴のような歓喜のような、判別がつかない叫びが響いたかと思うと、紅と紫、二色の奔流が地上から穿ち出てマリアを覆った。

 間もなく奔流はマリアの両手に収束されていく。禍々しい雷を散らしながら、それは顕現した。

 それは――二対の剣であった。

 一つは紅に燃え上がる炎の剣。

 二つは邪悪なオーラを纏う漆黒の剣。

 その二本を携えたマリアは、胸を張りふんと鼻を鳴らした。


「お、おい……〈レーヴァテイン〉と〈ダーインスレイヴ〉って」

「複製不可能と言われたあの〈固有神武オルタナティブ〉……?」

「俺たちが使ってる贋作レプリカとは比になんねぇ……」


 周りの生徒たちが、二対の剣を前に驚愕の表情を浮かべる。

 だがそれも無理からぬことではあった。

 通常、一般生徒が扱う〈神武〉は、〈固有神武〉と呼ばれるオリジナルを元に造られた模造品である。模造品――一般的に贋作と呼ばれるそれは、〈固有神武〉に比べて非常に扱いやすくなっており、何より『暴走』の心配がないのが利点だ。

 だからこそ〈固有神武〉を、さらに二対も所持しているという事実は、一般生徒たちを驚かせるには十分すぎた。


「どう、アンタも驚いたかしら?」

「うん驚いたよ。君の年齢で二つもの〈固有神武〉に適合しているなんて前例がないだろうしね」

「……なーんか淡白な反応ね。まいいわ」


 かぶりを振りマリアが続ける。


「アンタたちもよく見ときなさい。ま、見たところで私には勝てないだろうけど」


 あくまで挑発的な物言いだ。

 これにはさすがの生徒たちも頭に来たのだろう。


「けっ、何が最強だ。所詮お子様じゃねぇか、どうせ大したことねぇぜ」

「見せかけだけだよね、なんかうざーい」

「顔だけで性格は終わってんな」


 各々好き放題悪口を吐き捨てて、その場を去っていった。

 彼らの言葉の裏には若干の強がりが混じっていた。気持ちはわからないでもないと、綾乃は心の中で頷いた。


「…………」


 と、何やらマリアの様子がおかしい。

 先ほどの勢いはどこへやら、ぽかんと宙を眺めていた。


「どうかした?」


 思わず問うと、マリアは振り向き、目線を少し落とした。


「…………いや、なんでもない。もうすぐ私たちの開始地点が発表されるわ。気を抜かずに行きましょう」

「う、うん」


 とことこと歩を進める二人。


「そういえば聞きたかったのだけれど、アンタって男なの? それとも女なの?」


 道中、もう一億回は聞いたであろう質問が飛んできた。

 あぁでも、と綾乃は考え直す。

 綾乃のことをずっと見ていたということは、女性化の瞬間も目撃したのだろう。別段説明する必要はないと思うが、念のため綾乃は自らの体質について説明をした。

 すると「ほへー」とマリアは目を丸くした。


「アンタの〈神武〉って相当変わってるのね」

「まぁ刀だしね」

「それ理由になってないわよ……」


 困惑気味に半眼を向けてくるマリア。

 それを横目に、綾乃は「あはは」と苦笑を漏らした。


「でも確かに僕の〈神武〉は変わっていると思う。それもとびっきりにね」

「どういうこと?」

「あぁ、そういえば言っていなかったね」


 どこか遠い目をする綾乃は続ける。


「訳ありでね、僕は〈神武〉との適合手術を受けていないんだ」

「へぇ、適合手術を受けてないのね――」


 言いかけ、凄まじい形相を浮かべるマリア。


「って、えぇ!? アンタそれ本気で言ってんの!?」

「うん、割と本気だよ」

「え……え、ちょっと待ちなさい。だったらアンタ、どうやってこの学園に入学してきたわけ?」


 マリアの驚愕は間違っていない。

 まず〈神武〉を使用するにあたって行わなければならないのが、自身と〈神武〉を繋げるための適合手術である。改良された〈神骸〉の遺伝子を身体に組み込むことによって、人は初めて〈神武〉を使うことが出来るのだ。

 そしてここアースカルズ戦術学園は、言わずもがな〈神武〉を扱う兵士を育てる機関である。

 だが綾乃は、大前提である手術を受けていないと告げた。


「それはまぁ、いろいろあってね」


 はぐらかすように言うと、マリアが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「アンタまさかお金を積んで……!」

「そこまでしてこんな所に来ないよ」

「むぅ……それもそうね」


 納得いかないといった様子でマリアが唸る。


「じゃあなんで〈神武〉を持てるわけ? 普通は使うことすらできないはずでしょ?」

「うん、だからこの〈神武〉は変わっているんだよ」


 綾乃は続ける。


「これは〈布都御魂フツノミタマ〉――この世でも珍しい、一般人でも使える〈神武〉さ」

「一般人でも使える〈神武〉……? そんなの聞いたことがないわよ」

「と言ってもほら、実際にあるわけだし」


 綾乃は刀を見せる。漆黒の鞘に仕舞われた刀が、マリアの目に晒される。


 ……そろそろ勘弁してほしいなぁ。


 心内で若干の狼狽を見せながら、長い数秒が経った。

 マリアはじっくり刀を観察した後、小さく嘆息を吐いた。


「……今は許してあげる」

「は、はは」


 何とか乗り切ったかと思ったが、どうやらバレていたらしい。

 本当にマリアには嘘や隠し事が通じない。それとも自分が隠すのが下手なのか……。


(でも)


 前を闊歩するマリアに気付かれないように、綾乃は刀を一瞥する。

 〈布都御魂〉――この〈神武〉は確かに一般人でも使える。少なくとも嘘はついていない。

 ただ、ある部分を除けばの話だが――


「なにしてんのー! 行くわよー!」

「う、うん。今行くよ!」


 みんなを救うためには、人間を捨て、魂を捧げる覚悟が必要だ。


 (今までの犠牲を、無駄にするわけにはいかない)


 綾乃は顔を上げ勢いよく地を蹴った。

 その内に――神喰いの妖刀を携えて。


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