第9話 そして敗者は最強を知る
「な、なによあれ……」
ある程度敵を片づけて状況が落ち着きを見せ始めた頃。マリアは綾乃の常人を越えた斬撃の応酬を目の当たりにし、狼狽を隠せずにいた。
(適合手術を受けてない人間にあんな動きが出来るわけ!?)
地を蹴り、跳躍をし、空を蹴り、木を蹴り、縦横無尽に戦場を駆け回る綾乃。その余りに速すぎる動きに、生徒たちは翻弄され続けていた。
「なんなんだよコイツ! 速すぎんだろッ!」
「目が追い付か――ぐあッ!」
「コイツEクラスじゃなかったのかよ!!!」
「無理! 逃げ――きゃあッ!」
今しがた過ぎ去った三秒という時の中で、綾乃は恐ろしい程に正確な一閃を叩き込み、計十六名の生徒たちをダウンさせた。
「まだまだ」
膝を曲げ、綾乃が空高く跳び上がった。
続けて稲妻のような剣閃が宙を走る。〈神武〉の能力で上空に避難しようとしたCクラスの生徒たちが、首を両断され地に激突した。
「ちょ、ちょ……ッ! 聞いてない! こんなの――!」
着地と共に加速。直線上にいた生徒たちを神速の一撃が穿ち抜いた。
まだ加速は止まらない。前方に迫った木を蹴り抜いた綾乃は、眼下に計十名の生徒を認める。そして目を伏せると、無防備にも刀を鞘に仕舞いこんだ。
何事かと身構える一同。その正体は、すぐにでも知れることになる。
「――〈一閃〉」
単語を呟いたと同時に――抜刀。
瞬間、空間のあらゆる方面に鋭く亀裂が刻まれた。それは生徒たちの身体をも突き抜け、最終的には綾乃の刀に収束した。
一瞬息を詰まらせた一同だったが、
「な、何も起きない?」
「え……」
「こけおどしか……!」
生徒たちが背を向ける綾乃を睨みつける。
「馬鹿にしやがって……ッ、Eクラスのくせによおおおおおおお!!!」
その中の一人。体長の二倍はあろうか槍を装備した男が、シールドを前面に突進攻撃を仕掛けてきた。
「約束なんだ。みんなを護る、みんなを救う。誰一人として、僕の目の前では死なせないって」
だが綾乃は振り向かない。飄々とした様子で、静かに喉を震わせる。
「でもね、その理想を実現させるだけの力が僕にはなかった」
軽い身のこなしで突撃攻撃を避ける綾乃。
「な……ッ!?」
「だから身体が粉々に壊れるまで努力した。死にかけても、死んでも……それでも、僕が望む力には届かなかったんだ」
降り注ぐ銃弾の嵐を全て斬り伏せ、綾乃は鋭く刀を払った。
「そうなったらもう、方法は一つしかない」
そうして、ゆっくりと納刀していく。
鍔が鞘に触れる瞬間、綾乃は薄目を空けた。
「――ヒトを捨て、修羅に至る」
かちん。と短い音が響き渡った、その刹那。
展開されていた亀裂が、激しい閃光と共に不可視の斬撃を見舞った。
「がッ!?」
「きゃ――」
「……ッ!」
一秒も必要ない。一瞬という時間の中で、十名の生徒が一気に意識を失った。
勢いよく地面に倒れ込んでいく生徒たち。それを横目に、綾乃は短く吐息を吐いた。
「これで分かってくれるといいんだけど」
と、唇を尖らせたと同時。
ぱきんっと、綾乃の髪を縛っていたリングが砕け散った。
「あ」
しまったと思うも時すでに遅し。綾乃の身体からカッと眩い光が放たれ、戦場を明るく照らした。
「また奴の攻撃か!?」
「構えろ! アイツ人間じゃねぇ!」
「く……ッ!」
残存した生徒たちが緊張を孕んだ声を上げる。
だが、
「「「「え――」」」」
彼らの焦燥を嘲るかのごとく、「ぽんっ」という気の抜けるような音が響き渡った。
続いて光と煙幕が晴れる。それまで隠されていた、不安の種が晒される。
そして、一同が綾乃の『例の姿』に目を剥いた。
「あー……やってしまった」
『例の姿』――小柄な身体に足下まで伸びた黒髪。ほどよく膨らんだ両胸は、綾乃が女性へ変貌したことを意味づけていた。
綾乃は本日二度目の女性化に、深いため息を吐く。
(ちょっと力を出しただけでこれは困るなぁ)
「お、おい! なんだそれは! 幻影能力の類いか!?」
「これはコイツの体質よ」
綾乃に代わってマリアが説明を挟んでくれる。
「た、体質ぅ?」
問いを投げた男子が目を丸くする。
「うん、〈神武〉の副作用で力を使うとこうなっちゃうんだ」
さも当たり前のように答える綾乃に、周りにいた生徒たちがざわめきを起こす。
「そんなふざけた副作用があるもんか!? 俺たちを舐めてるのか!?」
「といわれても……」
実際になっているのだからとしか言いようがない。
「ふざけるなよ」
そんな冷静さを欠かない綾乃の様子に、残り少ない生徒たちが肩を震わせ始めた。
彼らにとってしてみれば、あれだけ馬鹿にしていた格下に一方的な敗北を喫したのだ。プライドが傷つけられたどころの話ではないだろう。
徹底した実力主義の学園にて、格下に敗北することだけは許されない。
絶対にあってはならないのだ。
一同が顔を向けあい一斉に首肯する。
そうして腰を落とすと、神武を構え大きく叫んだ。
「「「「〈
瞬間、今まで神武を覆っていた無数の拘束具が弾き飛ばされた。続いてそれまで機械的だったフォルムが、歪に生物的なフォルムに変化していく。
「ふぅん、ここで使ってくるのね」
遠目にマリアが呟く。
〈神武解放〉――その名の通り〈神武〉を解放させ、潜在的な力を引き出す一分限りの大技である。
本来〈神武〉は固有・贋作問わず特殊な拘束具によって力を封じられている。理由は単純で、装備する者の身体的・精神的汚染を減らすためだ。もし百パーセント以上の力を出してしまえば、両者ともに崩壊――果てには〈神骸〉への変貌という末路を辿ってしまう。
〈神武解放〉は限界近くまで力を引き出す諸刃の剣。汚染が一気に加速し始めるまでの一分という時の中で、一瞬の最強を体感できる。
解放による衝撃波が辺りを襲い、木々がなぎ倒されていく。それぞれの属性能力がぶつかり合い、宙で爆発を繰り返している。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 着替えが……ッ!」
「問答無用ッ! 殺してやるッ!」
今しがた綾乃がいた場所にハンマーによる大振りの一撃が叩き込まれる。地が爆ぜて陥没。数舜遅れて、瓦礫が空高く吹き飛ばされた。
「あぁもうまだ分かってくれないのかい!? 別に僕は戦いたいわけじゃなくて――」
「穿てッ!」
一撃を跳躍で避けた綾乃は叫ぶも、続けて迫った火矢が言葉を遮る。
(く……まだ足りないのか……!)
紙一重で躱し、着地の衝撃を受け身で流す。
「ええい、邪魔だ!」
ズボンが引っかかって仕方がない。煩わし気に声を荒げた綾乃は地面を走りながら下の制服を脱ぎ捨てた。
「はぁッ!」
そして投げ捨てたズボンごと、地面が両断される。
「着替えてる途中に攻撃してこないでッ!」
たまらず叫ぶも、
「こっちには一分しかねぇんだよ!」
「あ、それもそうか」
正論を言われ納得してしまう。
(ん……待てよ?)
と、そこで綾乃の脳裏にとある考えが過る。
悔しいが彼らに話し合いは通じない。思えば徹底した実力主義社会の中で生きてきた人間が、話し合いで決着をつけるわけがなかったのだ。
ならば彼らのやり方に則って『力』で分からせるしかないのだが……。
白シャツに上着の制服を羽織り、下はボクサーパンツという奇妙な格好をした綾乃はそこで気付いた。彼らは今〈神武解放〉を使っている。それはつまり、正真正銘全力で挑んできているということだ。
(そうか、なんで今まで気づかなかったんだろう)
両足を踏ん張り、高速に無理やりブレーキをかける。
(いや、多分気付いてたんだろうな)
続けて振り返ると、十三名の生徒たちが怒涛の勢いで迫ってくる光景が映っていた。
彼らも彼らなりに努力してきたはずだ。
だが、きっとその道中で歪んでしまったのだろう。この非情な世界が押し付ける重圧は、綾乃たち子どもには重すぎたのだ。
人を馬鹿にしなければ自分が確立できない。そうすることでしか自分を表現できない。
誰が悪いという問題ではない。終点のない悪だってある。
(やっぱり僕は甘いな……)
人間は敵ではない。護るべき対象、救うべき対象だ。
だからこそできるだけ争いのない解決方法を探してきた。
それが最善の方法だと信じていたから。
でも、
「――〈
迫りくる生徒たち。十三名の人影を眼前に、綾乃は呟いた。
文句のつけようがない敗北。彼らにはきっと――この薬が効くはずだ。
瞬間。漆黒の魔法陣が綾乃を中心として凄まじい速度で展開されていく。
「やらせるかアァァァァァァァッッッ!!!」
双剣を握った少年が飛び掛かってくる。
「止めろッ! 絶対に発動させるなッッッ!!」
大剣を持った少年が右から駆けてくる。
「アンタなんかに、負けてらんないんだからァァァァッ!!!」
大砲を担いだ少女が左から狙いを定めてくる。
上から、下から、右から、左から、三六〇度全てを隙なく包囲される。
全員が一撃に全てを込めている。
常人ならば絶対に避けられぬ一撃。
誰しもが綾乃の敗北を確信した――その瞬間。
――現れた〈竜〉が、全てを喰らった。
「「「「……………………」」」」」
まるで時が止まったかのように、その場にいた全員が動きを止めた。
否、止められたと言った方が良いだろう。
示し合わせたように全員が自分の手元を見やる。
「……嘘……だろ」
そこにあったのは、『跡形もなく砕け散った〈神武〉の残骸』。
震えた動きで皆が辺りを見渡す。
竜の姿はない。その視線は必然的に綾乃のもとに向けられた。
少女の姿をした綾乃は、静かに目を開いた。
瞳に蒼い炎を宿して、
「君たちの負けだ」
蒼の焔を纏った刀で、全てを薙ぎ払った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます