第4話 小さな最強

 Eクラスの途中入場により若干の予定変更はあったが、それ以外は特にアクシデントもなく式は進んでいった。

 そして、各種関係者の言葉に差し掛かろうとした時。


「Eクラス様は重役出勤ならぬ重役出席か? 良いご身分ですね」

「はは、やめたまえよアル。聞こえてしまうぞ」


 隣に並んでいた男子二人組が、小馬鹿にした様子で嫌な笑みを浮かべた。

 一人は紺の眼鏡をかけた大柄の少年。もう一人は金髪を肩まで伸ばした細身の少年だ。

 綾乃は横目で少年たちの胸部を見やる。


(あぁ、Dクラスの人たちか)


 濃緑に輝く『Dクラス』のバッジを認め、綾乃は小さく吐息を吐く。

 当たり前というか、学園のシステム上仕方ないのだが、ランク分けはこのような差別意識を生み出しやすい。

 徹底した実力主義。ついてこれない者は問答無用で蹴落とされていく非情な世界。

 全ては覚悟の上で入学を決意した綾乃だ。これくらいの嫌みなら許容範囲だろうと、呆れ気味に目を細めた。


「おい、アイツら」


 不意に悠斗が緊張を孕んだ声音で言った。


「やめときなよ、相手するだけ時間のむ――」

「俺たちのこと褒めてくれてるじゃねぇか……照れるぜ」

「――」


 綾乃は絶句した。

 最初は綾乃のことを散々馬鹿扱いした悠斗。だがその実、彼の方がド級の馬鹿であった。

 同情とは違う。綾乃は産まれて初めて、言い得ぬ感情に駆られ、哀れみの目を向けた。


(これは言わない方が良さそうだ)


 とりあえず真実を告げることは先延ばしにして、綾乃は壇上に視線を戻した。


「お、主席の登場か」

「主席?」

「知らないのか? やはり馬鹿だな」


 君にだけは言われたくない、という言葉をすんでの所で飲み込む。

 すると悠斗は、今し方壇上に上がった『少女』を指さした。


「あの子だ、マリア=レイドランス」


 数瞬して、綾乃もマリアの姿を認める。

 同い年にしては、随分と小柄な身体だった。腰まで伸びた紅の髪に、強気そうにつり上がった目。だがその容姿は、他の有象無象を凌駕するほど美しかった。

 一見して美術作品と見紛うほどの美少女を前に、全校生徒(主に男子生徒)が驚嘆の声を漏らす。


「あれで十二歳だぜ、信じられるか?」

「十二歳!?」


 思わず素っ頓狂な声が出てしまった。周りの視線に、綾乃は気恥ずかしそうに肩をすぼませる。


「そ、なんでも大学を卒業した後に、わざわざここに留学したんだってよ」

「大学を卒業って……十二歳だろう?」


 目を丸くしながら問うと、悠斗は「まぁな」と続けた。


「飛び級ってやつじゃないか? 世界には一握りの天才がいるもんだな、お前と違って」

「地図アプリで一喜一憂する君にだけは言われたくないな」


 もはや飲み込むことなく、言葉は自然と吐き出された。


「……そこまで言わなくても良いじゃねぇか」

「情緒不安定すぎない?」

「冗談だ」


 言いながら少し涙が浮かんでいる。

 なぜこのメンタルで学園に入学しようと思い至ったのか、レポート十枚にまとめて提出してもらいたいレベルである。


 それにしても、十二歳か……。


 綾乃は臀部の刀に手を置きながら、薄く目を細めた。

 彼女も覚悟してアースカルズ学園に入学したのだろう。粛々と関係者に向けた言葉を並べていく少女に、綾乃は言いえぬ感情に襲われる。

 自分もそうだが、彼女はまだ子どもだ。従来の日本教育システムに照らし合わせたなら、まだ小学六年生の女の子ということになる。


 そんな少女が、どうしてまた……。


「ありがとうございました、では続いて――」

「ちょっと待って」


 不意にマリアが司会の言葉を遮った。


「え、えぇと、何でしょうか」


「私のことを勘違いしてる奴が多いみたいだから、ここで言っとくわ。

 私はこの学園の誰よりも優秀で、強い。アンタたちなんか私から見れば赤子も同然よ。

 だからもし私の背格好だけで判断しようとした馬鹿は考え直す事ね。――死にたくなければ」

 そのあまりにも挑戦的な物言いに、数舜会場が凍り付いた。

 対するマリアは「ふん」と鼻を鳴らし、壇上から下りていった。近くにいた生徒教師陣がコメディみたく目を丸くしている。

 と、その時だった。


「ん?」


 ふと、マリアと目が合った。

 それと同時に、薄く不敵な笑みを向けてきたのだ。


「どうかしたか?」

「え……いや、なんでもないよ」

「そうか、変な奴だな」


 君も随分変な奴だよ。今回は飲み込めた。


(にしても)


 あれは見間違いだろうか。少なくとも、綾乃とマリアは知り合いではない。それどころか接触したことすらない。


(となれば、やっぱり見間違いか)


 おそらく近くの生徒に向けたアクションだったのだろう。綾乃とマリアの距離は十メートル以上ある。これだけ距離が離れていれば、見間違えても無理ないだろう。


「……は、はい! では続いて、四皇しおう生徒会より祝辞が送られます」


 そこで綾乃の思考は途切れた。

 聞き覚えのある〈四皇生徒会〉という単語が耳に入ってきたからだ。

 間もなく、壇上に四人の生徒会役員が上がってくる。女子三名、男子一名から構成された『学園最強』の組織である。


「では現生徒会長である皇鳥おうとりつばめさん、よろしくお願いします」

「は~い」


 その中の一人。つばめと呼ばれた少女が、間延びする声と共に一歩前へ足を踏み出した。

 伴って、ひざ下まで伸びた紫紺の髪がなびく。身長は平均的だが、背中に掛けられたえんじ色の大剣、どこか達観したような表情、それら異常要素が、彼女のただならぬ存在感を際立たせていた。

 先ほどは違う、緊張感を孕んだざわめきが起こる。


「新入生の皆はん、入学おめでとう。こんなあらくたい学園に入学するなんて、相当な変人やと思うけど、どうか頑張ってや。うちら四皇生徒会も出来る限りのことはサポートするさかい、なーんか不安なことや悩みがあれば気軽に寄ってな。……あぁ、あと」


 つばめのたれ目が、一文字に閉じた。


「うちら四皇生徒会は、いつでも君たち一般生徒からの決闘の申し込みを受け付けとるさかい、さっきみたく血の気の多い子はぜひ挑戦してみとぉてくれやす」


 ふふっと微笑を浮かべる。


(相変わらずの性格だ)


 どこか珍妙な言葉遣いをするつばめに、綾乃は内心苦笑を漏らす。

 つばめとの出会いは半年前。

 紆余曲折あり『つばめの許可を貰った』綾乃は、無事この学園に入学することになった。

 その紆余曲折の部分がなかなか大変であったのだが、いま語るべき話ではないだろう。

 とりあえず綾乃は、つばめのおかげで入学することが出来たのだ。

 チャンスを与えてくれた彼女には感謝してもしきれない。


「今年は期待できる子らがよーさん揃ってるさかい、うちらも楽しみにしてます」


 そやけど、とつばめは続ける。


「勘違いせんとってな。この学園は『普通の学校じゃない』……もし恋やら青春やら、そんな生ぬるいモノを期待して来たのなら――今すぐ退学することを勧めます」


 凛としていて、さらに力強く発せられた忠告に、全員が息を呑む。


「死者一九八二人、この数をどう考えるかは君らの自由や」


 つばめは冷ややかな目で生徒たちを見渡す。


(……)


 そう、ここは普通の学校ではない。

 平穏な青春とはかけ離れた、異常な現実が待ち受ける戦術学園。『戦争に勝つための兵士を育成する機関』に他ならないのだ。


「ま、そうは言いつつも、肩張りっぱなしやったら気も休まらんやろ。死なない程度に休みつつ頑張りや」


 ペコリと軽くお辞儀をし、つばめは所定の位置に戻った。

 合図を受け取った司会がマイクを握る。


「ありがとうございます。では、これにてアースカルズ戦術学園第二三五回入学式を閉式します。またこの後、科目ごとにオリエンテーションが企画されていますので、担当在校生、担当職員の皆さまは準備をよろしくお願いします。それでは、新入生の皆さんは担任の誘導に従い退場してください」


 司会のアナウンスが終わると、吹奏楽隊が一斉に曲を奏で始めた。

 同時にSクラスが立ち上がる。壮大な音楽を背に、一同が中央通路に足を踏み出していった。中央通路に面する場所に立っている綾乃は、息を呑む。


(この人たち、やっぱりと言うか……纏っている雰囲気が全然違う)


 覇者特有の独特な雰囲気。さすがSクラスと呼ばれるだけあって、そこらの有象無象とはレベルが違う。それぞれが特有の〈神武〉を携え、自信に満ちた表情で歩を進めている。

 出来ることなら、是非とも手合わせを願いたいものだ。

 高揚感を抑えきれず、綾乃が刀を握りしめた――その瞬間。


「次のオリエンテーション、楽しみにしているわよ」


 ふと、聞き覚えのある声が綾乃の耳朶を叩いた。


「え」


 反射的に振り返る。だが人の波は激しく、声の主を確認することは叶わなかった。


(今の声は……)


 また聞き間違いだろうか。

 呆然としていると、横から悠斗が小突いてきた。


「おい、聞いてるのか?」

「ん?」

「オリエンテーションの話だよ、オリエンテーション」


 半眼を向けながら、ため息を吐く悠斗。


「あぁ……オリエンテーションね。それがどうかしたの?」

「だから、お前とは絶対にペアを組まないからなと言ってるんだ。お前といるとロクなことにならないからな」


 ふと現れた『ペア』という単語に首を傾げる。


「ペアって何のこと?」

「は?」

「何かオリエンテーションに関係するものだったり?」

「……お前、入学前説明会で言われただろ」

「あー、ははは。実は僕、入学前説明会に行けてないんだ」

「――」


 文字通りの絶句。悠斗は深い嘆息を吐くと、ぽりぽりと後ろ髪を掻いた。

 というより、入学前説明会があったことすら初耳である。

 入学まではとにかく修行漬けであったため、他のことに思考力を割く余裕がなかったのだ。おそらく書類は届いていたのだろうが、十中八九我郎が破り捨てたのだろう。


(あり得るなぁ……)


 不要なものはとことん斬り捨ててゆけ。

 皆を護るということは、己を修羅に至らせるということ。それは、師匠である我郎の口癖でもあった。


(でも入学前説明会は必要だと思うんですよ。えぇ)


 おかげで学園生活は順調です。皮肉の一つも言いたいところではあったが、残念ながらここに我郎はいない。


「っく、いいか一回しか言わねぇからよく聞いておけ」

「……! 説明してくれるのかい!?」

「うるせぇ。いいか、この学園では毎年新入生を対象としたオリエンテーション――いや、バトルロワイヤルが開催されるんだ。対象科目は俺たち〈魔導特科〉のみ。ランクは問わず、二人一組になって勝者を決める」


 真剣な表情で悠斗は続ける。


「ルールは簡単。二人とも全滅したら終わり。逆に言えば一人でも生き残っていればオッケーってことだ」

「なるほど、その二人一組がペアってことだね」


 見た目とは裏腹に丁寧な説明を受けた綾乃はふんふんと頷く。


「でもさ、ペアの決め方はどうするの?」

「学園内部のAIが公平に決めるらしい。だがまぁ、そこら辺はよく分ってねぇが」

「へぇ、すごい時代になったもんだ」

「だからたとえお前とペアを組まされることになっても、俺は断固として拒否するからな!」

「そんなこと許されるの?」

「多分無理だ」

「馬鹿じゃん」

「うるせぇ、お前よりはマシだ」

「む、それは聞き捨てならないな」

「はッ、少なくとも女になるような半端者にはお似合いな言葉だ」

「だからこれは〈神武〉の影響で――」

「うるせぇ殺すぞ」

「「…………」」


 いつの間にいたのか、唯我が般若のような表情を浮かべ、超低音ボイスで呻った。

 瞬間的に綾乃と悠斗は直立姿勢をとる。二人とも勝てない戦いは挑まない主義だ。


「というか先生、そろそろリングを返してくださいよ。あれがないとマトモに戦えません」

「じゃあ『ゆいお姉ちゃん、返してくれないとぷんぷんだよ!』と言え」

「は?」


 コイツは何を言っているのだろうか。


「言え、言わなければ握りつぶす」

「それ完全に脅迫ですよね!?」

「時間が経つにつれセリフが増えるぞ。追加で『もう、ゆいお姉ちゃんのいじわりゅ!』だ」


 二十代後半の女性が、世にも恐ろしい百鬼夜行を顕現させてしまっている。


「い、いや……あの」

「次のセリフ追加まで三……二」






「ゆいお姉ちゃんッ! 返してくれないとぷんぷんだよッ! ……もうッ! ゆいお姉ちゃんのいじわりゅううううううううううッ!!!」





 数秒、数十秒、痛いほどの静寂が場を包む。

 対する唯我は気にしていない様子だ。まるで綾乃の放ったセリフを味わうように、何度も首肯を繰り返したかと思うと、


「合格だ」


 爽やかな笑顔で、サムズアップをしてきた。


「殺しますよ」


 内なる憎悪が、突発的な暴力的発言を飛ばしてしまう。


「何か言ったか?」

「いえ、ありがとうございます……と」

「そうか、ではこれは返そう。武運を祈る」


 それだけ言うと、Eクラスを残し、唯我は第三多目的ホールを出て行ってしまった。


「……まぁ、そのなんだ」


 悠斗は憐憫の眼差しで、綾乃の肩に手を置く。


「人生……いろいろあるさ。気にすんなよ」

「綾乃君だっけ……? その、頑張って」

「ふむ、これはこれで『アリ』ですな」

「しばらくは『事足りそう』だ」

「僕もう帰りたいよ」


 Eクラスの慰めを受けた綾乃は、虚無目で呟いた。

 その後、Eクラスの退場がアナウンスされたが、唯我が不在のため、急遽別の教師が代わりを務めることになった。


 ……こんな調子で、果たしてやっていけるのだろうか。


 ホールのスポットライトを見上げ、綾乃は静かに涙を流した。

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