第3話 馬鹿と書いて同類と読む

「こんなことなら替えの服持ってくるんだったなぁ……」


綾乃……否、正体不明の少女は、ぶかぶかの制服を鬱陶しそうに見ながらぼやいた。

 身長は百四十ほど、長く伸びたまつ毛に、程よく膨らんだ両胸。その顔には、どこか綾乃の面影を残していた。

 だが元が良かったのか、その姿は完全に美少女のそれである。


「お、お前……それは一体……」


 悠斗が震えた声で問うてくる。


「あぁ。〈神武〉の影響で、これをつけとかないと女の姿になっちゃうんだ」


 言いながら綾乃(?)は「よいしょ」とリングを拾った。

 この体質は、我郎と出会って間もなく現れた。

 当時、何も武器を持たぬ綾乃に、我郎は武器として〈神武〉を与えた。

 それこそが今持っている〈刀〉なのだが、神の遺物だけあって、これが厄介な副作用をもたらしたのだ。

 その副作用こそ、『持ち主の意思に関係なく女性化させてしまうこと』だ。

 ただ女性化の作用は身体的なものにとどまり、精神には影響を及ぼさない。


「で、それを抑えるための反作用リングがこれってワケ」


 幾何学的な紋様が彫られたリングを指さし、微笑を浮かべる。

 だがしかし、このリングも完全な代物ではない。それが、先ほど言った『髪の長さ』の話に繋がるわけである。


「これで身体の女性化は抑えられたんだけど、髪だけはどうにもならなくてね」


 たとえバッサリ髪を切ったところで瞬間的に生えてきてしまう。なかなか厄介な体質だ。


「あぁ……なるほど。って、いまいち理解できていないが……」

「まぁ無理もないよ」


 そうして再度髪をリングで結おうとしたその時。


「……待て」


 大人げなく、ひょいっと唯我がリングを取り上げた。


「あ、なにするんですか!」

「つまり、お前はこれがなければ男に戻れないわけだ」


 そこで、綾乃は唯我の様子がおかしいことに気付く。何やら興奮を抑えられないといった感じで鼻息を荒くしている。頬は上気し、傍目から見れば完全にアレな人になってしまっていた。


「お前は一生そのままいろ」


 ニチャアと気色の悪い笑みと共に、唯我はダッシュで教室を後にした。



「「「「…………」」」」

 取り残されたEクラスたちは、互いに顔を見合わせる。

 時刻は九時十五分。


「誰か〈第三多目的ホール〉の場所知ってるか?」


 ある男子生徒が声を上げた。


 だが誰もその声に答えるものはいなかった。


「……ここまでか」


 と、その時。


「あ、地図アプリ使えばいいんじゃない?」

「天才じゃん!」

「これは最強」

「ほぉ、やりますね」


 わっと解決法の出現に沸く一同。


「で、どうやってアプリ開くの?」

「「「「…………」」」」


 一同が再度顔を見合わせる。

 まさか誰もアプリを扱える者がいないのか。誰しもが華々しい学園生活を諦めかけた……その時だった。


「俺に任せな」


 ドンッ! と、壁に背を預けた悠斗に一同の視線が集められた。


「お前はぱっと見ヤンキーのくせして内面が陰キャっぽいやつ!」

「キョロ充にいそう」

「ほぉ、同類ですか」

「お前らマジで一回ぶっ殺してやろうか」


 こほんと軽く咳払いをする悠斗。


「まぁいい。お前ら、画面に表示されているこのアイコンを押せ」

「な……それでどうなるというのだ!」

「ふふ、まぁ見てな」


 悠斗が地図アプリのアイコンを押す。

 すると画面に、先んじてダウンロードされていた学園マップが、宙に大きく表示された。

 おおおおおおおお! と、Eクラスの皆がスタンディングオベーションをする。


「へへ、ざっとこんなもんだぜ」


 気恥ずかしそうに鼻を掻く悠斗。


「……」


 そんな中、綾乃は教室端でちょこんと座っていた。

 ぶかぶかの制服を着ながら、異様とも呼べる光景を見守っていた。


(……良かった、同類がたくさんいる)


 浮かべるは満面の笑み。

 かくしてEクラスは、三十分遅れで入学式に参加した。

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