第1話 入学
さかのぼること一二五〇年前。突如として〈ゲート〉と呼ばれる現世界と異世界を繋ぐ異空間が現れ、そこから現れた未知の生命体が人類を襲い始めた。
未知の生命体――〈
以下の情報により、人類は現世に侵攻してきた異世界を〈神話世界〉と名付け、人類存続を脅かす最重要敵性生命体と認識。宗教や人種の垣根を超え結成された〈対神骸戦術機関〉を以て、およそ千年に及ぶ全面戦争を繰り広げた。
結果、〈ゲート〉の破壊という形で、人類は辛勝を収めた。
だが人類サイドは、全人類の半数、また六割の領土を失なったため、海上フロートでの生活を余儀なくされた。さらに残存する〈神骸〉の対処にも追われ、それは今現在も続いている。
日本も同様に、西側全ての領土が消失。さらに、戦争により溶けた北極・南極の氷が急激な海面上昇を引き起こし、旧東京エリアは水没してしまった。
そうして完全に世界が暗雲に呑まれ、二五〇年が経った現在。
旧長野を沿岸部として造られた、直径一六五キロメートルの超大型フロート――通称〈新
その中枢部に設けられた、対神骸兵士を育成するための学園施設――〈
「ようやくこの日が来たか」
中肉中背の肢体に、一瞬女性と見紛うほどに中性的な顔つき。
そして、『今や時代遅れと揶揄される〈
〈神武〉――〈神骸〉・〈神話世界〉が残した遺物のことであり、それぞれに特有の能力が備わっている文字通り神の武装。
かつて千年戦争が終結を迎えたころ、〈神骸〉たちは様々な武器を地上に遺していった。それは、剣や銃、戦斧や弓、果てには盾や要塞など数多くの種類が存在する。
〈ゲート〉が閉じた今、人類は自身に適合した〈神武〉を以て〈神骸〉に対峙しているのだ。
その中でも刀は『扱いにくく』なおかつ『壊れやすい』ことから、時代遅れの〈神武〉と揶揄されているわけである。
といいつつも、少年はそれを装備しているわけだが。
そんな風変わりな少年――
「ねぇねぇ、あれって女の子? それとも男の子?」
「可愛い……けど、身長的に男じゃね?」
「僕は男ですよ」
「「うわっ!」」
十メートルほど距離が開いている状態で、まさか聞こえているとは思わなかったのだろう。瞬時に距離を詰めてきた綾乃に対し、男女二人は素っ頓狂な声を上げた。
だが二人は返事もなしに慌てた様子で去って行ってしまった。
「今のは、避けられたのだろうか」
少しだけ綾乃は眉を落とす。
と、その時。
「ん?」
ふと後方に妙な気配を感じた綾乃は軽い調子で振り向く。
が、そこには何もなかった。敢えて言うならば、桜が綺麗に咲いているぐらいだろう。
不思議に思ったが、殺気を感じたわけではなかった。ならば良いだろうと綾乃は気にしないことにした。
「に……しても」
ここ十年、綾乃は修行漬けの毎日であったため、適切なコミュニケーションの取り方を知らないままでいた。
そのため、学園に入学する以前、命の恩人であると共に師匠でもある男、斬崎|我郎(がろう)に相談をしたのだが、「知らん」と一蹴されてしまった。
そもそも学園入学を勧めたのが我郎なのに、なんとも無責任な男である。
(まぁ、そんな事言ったら一瞬で殺されそうだけど)
内心苦笑を浮かべながら、綾乃は辺りを見渡した。
日本随一の〈対神骸戦術学園〉の入学式ということもあって、人数は圧倒的に多い。しかもそのほとんどが綾乃と同年代である。
そう――〈対神骸戦術学園〉。
それは、千年戦争の始まりに結成された〈対神骸戦術機関〉のもとに置かれた学園機関の名前である。
この学園機関の目的は、〈神骸〉に対する戦力の育成。
学園施設は世界各地に設置されており、その数は計三十。
また、〈対神骸戦術学園〉には三つの科目が設置されている。
一つ――己の〈神武〉を用い、主に前線を支える〈魔導特科〉。
二つ――〈神骸〉に関する全てのデータを扱い、戦術を提案する〈情報科〉。
三つ――〈魔導特科〉が使用する〈神武〉のメンテナンス、またはレプリカの作成などを担当する〈武器科〉。
以上の三つの科目により、学園機関は成り立っている。
そして今年。紆余曲折あり、綾乃はその一つである〈アースカルズ戦術学園〉に晴れて入学する運びとなったわけだ。
澄み渡る空のもとで背伸びをした綾乃は、「ふぁ」とあくびを漏らした。
「結局、昨日は眠れなかったなぁ……」
何を隠そう、綾乃は入学式が楽しみで、昨夜から一睡もしていないのである。
日課である素振り千回を倍以上の数でこなし、さらに四十キロランニングをいつもより十キロ多く走るという暴挙に出た。いつもこなしている事なので、別段身体が痛むわけではないのだが、眠気だけはどうしようもない。
季節は初春。千年戦争の影響で温暖化が進んだため、今がちょうど良い気温となっている。
「まるで夢みたいだ」
綾乃は整備された校庭を歩きながら、ふと過去を思い馳せた。
六歳の頃、突如として街を襲った未確認の〈神骸〉。
家族を亡くし、全てを失った綾乃は、そこで師である我郎と出会う。
それから十年間は我郎のもとで修業に励み、今に至るわけだ。
昔は弱弱しかった身体も、今は随分と鍛えられたものだ。タコだらけの両手を見やり、綾乃は思わず苦笑した。
「と、こんなことしてる場合じゃなかったな」
不意に響いたチャイムの音に弾かれるように、事前に支給されたデバイスを開く。
(確か入学式の前に、いったん科目ごとのクラスに集合するんだよな……?)
地図アプリを開くと、宙に電子的な画面が表示された。
軽快な様子でフリックしていくと、目的地である『〈魔導特科〉・Eクラス』に赤いアイコンが付与された。
(クラスに関しては……まぁ仕方ないか)
自身のクラス分けに関しては、先日師匠とも話し合った。
クラスはSが最上、Eが最低として設定されている。
それらの選別方法は主に入学試験の結果に依存する。だが綾乃の場合は、『半ば無理やりな方法』で試験をスルーしたため、文句をつけるわけにもいかなかった。
「入学できただけ幸運なほうだよな」
どこか異様な雰囲気を放つ少女を思い出しながら、綾乃は胸部に付けられた『Eクラス』のバッジを見やる。
評判はどうあれ、少なくとも一年はお世話になるクラスだ。
「楽しみだ」
綾乃は高揚感を抱えたまま、歩幅を大きくした。
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