そして神喰の神話戦争 ~TS刀使いは女の子になってからが強いんです!~

@doradora440

プロローグ

 少年は不明瞭な意識を保たせながら、ひび割れた道路を歩いていた。

 雨と血でぬかるんだ道路。そこらかしこに投げ捨てられた死体が、青白く肌を変色させている。

 辺りに生存者の気配はない。少年は幼いながらも、『自分がただ一人の生き残りなのだろう』と冷静に状況を理解していた。


「……どうして、こんなことに」


 思うよりも先に言葉が出た。

 つぶやく少年の瞳に光はない。すす汚れた服には血がこびりつき、身体には無数の浅傷が刻まれている。いっそのこと死んでしまった方が楽になれるのではないか。そういった絶望的な思考が頭を埋め尽くすようになった時。

 オォォォォォォォォォォォォ――と、断末魔のような咆哮が響き渡った。

 びりびりと震える大気。『ナニカ』によって発せられた衝撃波が、蹂躙の限りを尽くされた街に再度襲いかかった。


「――ッ!」


 激しい衝撃波にたった二十二キロの身体が耐えられるわけもなく、抵抗むなしく少年は勢いよく地面を転がった。痛みを超えた何かが少年を襲い、続いてコンクリートの壁に叩きつけられてしまう。


「ごふ、げ……っ」


 小さくバウンドした少年は、苦痛に身体を丸めながら血を吐く。砂の混じった血が、唾液とともに糸を引いていた。

 明滅する視界。少年は感情が消えた瞳を、海岸部に鎮座する『化け物』に向けた。

 五十メートルを超すほどの巨躯。身体の表面には無数の顔が浮かんでおり、全ての口部から白く濁った蒸気が噴出している。

 また『化け物』の頭上には、天使のわっかにも似た半壊状態の円状物質が浮かんでいた。

 少年は『化け物』――否、〈神骸ロスト〉と呼ばれる別世界からの侵略者を、憎しみのこもった目で睨んだ。


「お前が、お前がいなければ……」


 血がにじまんばかりに拳を握りしめ、肩を震わせる。

 瞬間。少年の頭の中に、小さな殺意が芽生えた。

 それは数秒もせずに少年の脳内を埋め尽くした。憎悪、殺意、それら全ての負の感情が、身体の震えをより大きくさせる。


「殺してやる……絶対に、殺してやる……!」


 少年は〈神骸〉に向かって手を伸ばす。

 その時。人の気配を察知したのか、〈神骸〉が歪な顔を少年に向けてきた。

 そうして少年の姿を捉えると、まるで玩具で遊ぶ赤子のように、曇りのない狂気的な笑みを浮かべたのだ。


「――っ」


 血が一瞬で冷えるのを感じた。

 あれだけ募っていた怒りが、急速に萎んでいくのを感じた。

 思わず少年は後ずさり、弱気にかぶりを振る。

 あんな化け物に、ちっぽけな人間が相手できるわけがない。

 非情な現実を叩きつけられた少年は、逃げようと必死に折れた足を引きずる。

 乾いたはずの涙が、どうしてか零れてくる。


 ――嫌だ。


 ――死にたくない。


 本能が鳴らす警鐘が、少年に惨たらしい死を想起させる。

 そんな少年をあざ笑うように、〈神骸〉が未知のエネルギーを収束させ始めた。

 最初に街を襲った災厄の光。目前で光線による被害を目視したからこそ、少年の身体は恐怖で動かなくなってしまった。


「動け、動けって……!」


 使い物にならない足を何度も叩く。骨折しているので痛みが数倍になって跳ね返り、少年は小さくうめき声を上げた。


 死ぬのか……こんなところで。


 駄目だ、嫌だと駄々をこねても震えは収まらない。心臓が激しく拍動し、呼吸が不安定に乱れ始める。口が渇く、見開かれた目に血が走る。

 もはや為す術はない。


「なんで……だよ」


 少年は固く目を瞑り、今は亡き家族を思い馳せた。

 厳しくも優しかった父。笑顔が絶えなかった母。泣き虫でいつも少年に泣きついていた妹。

 そんなありふれた日常は、今や影も形もない。

 そこにあるのはただの絶望。少年に示された道は、『死』あるのみであった。


「僕はただ」


 少年はギリと奥歯を噛みしめ、目を細めた。


「みんなと、生きていたかっただけなのに」


 オォォォォォォォォォォォォ!!!

極光纏いし災禍の光線が放たれる。

それを眼前に、少年が静かに運命を受け入れようとした――その瞬間だった。


「ならば、己の剣で勝ち取るまでだろう」

「え」


 唐突に放たれた一言。

刹那、眼前に何者かが躍り出たかと思うと、人物は腰に携えた刀を引き抜き、迫った光線を両断して見せた。


「――ッ!?」


荒れ狂う暴風。光線の凄まじい熱エネルギーが、少年の頬を焦がす。

 そんな中、少年は謎の人物の背を見た。

 見たこともないような軍服を纏い、刀一本で光線を斬り伏せる姿。光線は刀の切っ先から割れるように、少年のちょうど両端を擦過していった。


「はぁッ!」


 続けて間隙を縫うようにして放たれた斬撃が、十字形のまま〈神骸〉を穿ち、瞬く間にその脅威を無力化して見せた。


「……ぁ」


 びりびりと身体が痺れるような感覚。

 あまりに突然の出来事に呆然としていると、刀を鞘にしまい込み、謎の人物が静かに振り向いてきた。

 そうして、男は無精ひげを撫でながら低い声で問うてくるのだ。


「――選べ、生きるか、それとも死ぬか」

「え、らぶ……?」


 間を置かず、男はもう一本の刀を投げ寄越してきた。ごんっと鈍重な音を響かせて、刀は少年の目の前に落下した。


「それをどう使うかはお前の選択次第だ。この理不尽な世に絶望したのならば、それを以て自害すれば良い」

「…………」


 ゆっくりと視線を落とす。

 まごうことなき真剣。首筋をこれで斬れば、少年は今すぐにでも楽になれるだろう。


 ……だが、果たしてそれでいいのだろうか。少年はつばを飲み込み、必死に思考を回した。


 生きたかった命が、先ほどまで溢れていたはずだ。

 まだ生きられた命が、街にはあったはずだ。

 だがその命は、少年を除いて全て死滅した。


「僕は……」


 かちゃりと刀を手に取る。

 そのまま鞘を引くと、紅色に輝く刀身が現れた。


(僕は……!)


 瞬間。


『綾乃、皆を守れる男になれ』


 不意に、幼き頃父が放った一言が脳裏をよぎった。


「……あぁ」


 そうだ。

 僕はまだ、諦めちゃ駄目なんだ。

 死んでいった命を無駄にしないためにも、僕は立ち上がらなくちゃいけない。

 少年は目を伏せた。


「……う」

「――」


 そして目を見開き、涙を散らしながら叫ぶのだ。


「僕は……僕は戦うッ! もう誰も死なせないように、誰も悲しませないようにッ!」


 数秒、数十秒。男は沈黙した。

 そして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、


「ならば、俺についてこい」


 傷だらけの手を差し出してきたのだった。



 あれから十年が経った今でも、あの傷だらけの手は忘れられない。

 何故ならあの傷はきっと――多くの命を救った証なのだから。

 忘れない。……忘れてはいけないのだ。

 僕が、この力に呑まれないためにも。

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