第4話 規則

「それからお母さん、ルナさんの髪を黒髪にしてもらうか、染めてないという証明書を出してください」


 お母さんて言われるのも心外、この先生はなぜ名字で呼ばへん。


「ですから先ほども申し上げたように、幼少期の写真もお見せしましたよね」

「生まれたときからあの髪色だったとしても規則ですから」

「元の髪を黒く染めろですって、それこそ信じられない」

「それでも規則ですから、一人赦したら収拾がつかなくなるんです」

「規則、規則って、規則に囚われているのは先生の方じゃないですか。誰のための規則なんですか。もう結構です」


 ナオは校長の制止するのも聞かずに立ち上がった。

 スリッパを履き替えていると、玄関前の飾り棚が目に入った。

 大谷選手から贈られたサインいりのグローブが飾られてある。

 何のために贈ってくれたと思うてるんやろ。こりゃ、校長もあかんわ。




「それでナオさん、帰って来てしまったの?」

「あんなガチガチの石頭、何が三橋先生なん。蜜なんかいっこもないやん。もうあんな学校行かんでええ」

「ママ、学校行かなくていいの?」

「行かんでええ。中学校行かんかてどうにかなる」

「あちゃー、ナオさん、ルナの幼稚園のときを思い出したわ」


 レイは額を抱え込んだ。

 ルナは複雑な表情をしてホットミルクを啜っていた。




 その日の夕方、ルナに来客があった。


「ルナちゃん、もうすぐ期末試験だよ。試験だけは受けないと進級出来ないよ。ノートに今までの授業の分まとめてあるから」

「うわあ、ありがとう。タナベ君、これから塾行くんだよね」

「何? 1限目が休講になったから少しくらいなら時間あるよ」

「じゃあ、上がって。教えてもらいたいところがあるの」


 田辺をリビングに招き入れた。

 ルナは勉強道具を取って来て、教科書を広げた


「ここがね、どうしても解けないんだ」

「ああ、これはね、ちょっといい」


 田辺は教科書のページを捲ると、公式の載っているページを開いた。


「すごい、どこに何があるか覚えているんだ」


 田辺はちょっと笑うと、


「これをあてはめて解くんだよ」

「えっ、じゃあこれ覚えておかなきゃいけないの?」

「そうだよ。何でも暗記だよ。今、何時?」


 チェストの上の置時計に目をやると、


「もう行かなくちゃ」


 慌ててリュックを担ぎ、

 ナオが出した麦茶を飲み干すと立ち上がった。


「あら、もうお帰り?」

「ママ、夕飯でも一緒にって思ったんでしょうけど、タナベ君、これから塾に行くの」

「わあ、塾。学校終わってまた塾なんて偉いねえ」

「学校へも行ってない子がいるのにね」

「こら、自分で言うな」


 田辺は爽やかな笑顔を残して塾へと急いだ。

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