神獣さまの通り路
獲物を求めて森に分け入る。
狩装兵は使わずに生身である。
俺は集落でも腕の立つ方の戦士で、武器は弓と腰に差した二振りの刀。
この森は大型魔獣は滅多に出ず、中型のものもそうそう見かけない。
だから無理をしなければ機兵を使わずともどうにかなる。
しかし今日は、普段なら面白いように見かける小動物や小型魔獣が一向に見つからない。
こんな日もあるかと諦めれば良かったのだが、今日に限ってはなにか気が急いていたのかもしれない。
なにか獲物を見つけるまで帰るものかと、森の奥へと進んで行く。
だが、いくら進んでもまったく成果は上がらない。
日も傾きかけている、流石に諦めるしかないか。
踵を返したその時、周りの木々が一斉にざわめいた。
風など吹いていない。
おかしい。
ざわめく木々の発する音が、こう聞こえた。
……参られる、我らの王が、参られる、路を開けよ……
気のせいだ。
そう思い込み、急ぎ足となる。
だが、木々は奥から奥から軋む音を立ててその身を反らしている。
強い風が一陣、吹き抜けた。
思わず身構えて立ちすくむ。
風が吹いた後は、しんと静まり返った。
虫の声、葉の揺れる音すらしない。
ザッ、ザッ、ザッ……
草を踏む音。
木々が開いた路の先から聞こえて来る。
奥から、なにかがこちらに向かって来るのが見える。
早くここから離れなければ。
けれど、身体が、足が言う事を聞かない。
ガクガクと震えが止まらず、瞬きすらままならず、草を踏む音がする方向を、ただ見つめ続けることしかできなかった。
そしてそれは俺の目の前までやってきて、足を止めた。
それは、鮮やかで深い深い翠色の毛皮を持った獅子だった。
とても大きい。
4〜5mはあるだろうか、同じ地面に立っているのに、そいつは完全に俺を見下ろしている。
……か弱き人間よ、何ゆえ我が前に立ち塞がる……
頭の中に声が響く。
その瞬間に頭が真っ白になった。
もう指一本動かせない。
……恐怖を与えてしまったか、赦せ……
獅子は俺のすぐ横を、立ち止まる前と同じ、何事も無かったようにただ悠然と歩いて、そのまま去っていった。
姿が見えなくなると同時に、俺の身体は生きている事を思い出したように全身から汗を吹き出す。
それから息を吐いて、そして深く吸い込んだ。
幾度か深呼吸を繰り返して、ようやく我に返った。
今のはいったいなんだ?
周りの木々も元通りになっていた。
虫や動物の鳴き声、木々が葉を擦り合わせる音も戻っている。
俺は夢でも観ていたのだろうか。
けれど、バクバクと加速する鼓動が、あれが夢などでは無かったと告る。
集落へと戻った俺は、すぐさま長の元へ向かい、体験した事を全て話した。
長は俺の話を聞き終わると、ここで待てと言って席を離れた。
しばらくすると、この集落で呪術を扱う大爺を連れて帰って来た。
俺の前に座り込んだ大爺は、こう言った。
……おまえさんが出会ったのは、神獣さまじゃ。そうか、そうか、わしらはまだ、この森で生きて良いのじゃな……
次の日、集落の者は全員集められ、長が俺の体験の一部始終を皆に語った。
そして最後に、集落に災いが降りかかるゆえ、神獣さまと出会っても、決して手を出してはならない、と。
正直、また神獣さまと出会ったとしても、本能的な恐怖が勝ってしまうに違いない。
恐ろしくてなにも出来はしないだろう。
もう二度と会いたくないものだ。
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