コンカフェ
夏休みが終わり、二学期が始まった。
二学期の一大イベントの文化祭を控え、生徒たちはそわそわし始めていた。
「えー。うちのクラスの出し物、誰かアイデアありますか?」
学級委員長の
「はい」
美波が手を挙げた。
「たこやき研究会をやりたいです」
「却下」
上辺は言下に否定した。
「おい。待て。なんで美波ちゃんの案を却下するんだ」
蒼馬がいきり立った。
「たこやきを研究して、何になる? 誰得だよ」
委員長は眼鏡のズレを直した。
「じゃあ、お好み焼き研究会」
美波が再び言った。
「それも却下」
「おい! 酷いじゃないか」
蒼馬は非難する。
「却下するなら、代案をだせ。代案を」
「代案なんてものは、元の案が考慮するに値する内容だった場合だ。幼稚なものに、代案は必要ない」
上辺は毅然として言った。
「はいはい。じゃあ、俺」
影雄が手を挙げた。
「おっパブでよろしくー」
「却下。風営法に引っかかる」
上辺は影雄を睨みつけた。
「風営法どころか、それ以前の問題だろ」
翔子は小声で突っ込んだ。
「たしかに、今の時代にそぐわないね」
健太は的外れな指摘をした。
「ええい、まともな意見はないのか」
上辺は机を叩いた。
なんやかんやあって、勇作の案の「喫茶店」が採用された。
「ただの喫茶店だと面白くないよな」
影雄が言った。
「考えはあるのか?」
勇作が聞いた。
「折角ならさ、コンセプトカフェにしようぜ」
「コンセプトカフェ?」
委員長は理解ができていない様子だ。
「店にテーマがあるカフェだよ。たとえば、戦国とか、宝塚とか、その設定に沿った衣装やメニューがあるんだよ」
健太が説明した。
「わからないなら、一緒に行こうぜ」
勇作が提案した。
「たしか、K市にあったはず」
かくして、いつものメンバーに委員長を含み、コンセプトカフェに行くことになった。
週末。
一同は目的のコンセプトカフェに到着し、愕然とした。
「老婆……カフェ!?」
異口同音で怪訝な声を出した。
「なんだこれ! この前まで、おとぎ話カフェだったのに!」
健太が言った。腕には後藤が絡みついていた。
「ちゃんとリサーチしとけよ」
影雄は健太の頭を小突いた。
「まあ、いいじゃないか。とりあえず、入ってみようぜ」
勇作の促しで、一同はぞろぞろと店内に入っていった。
「い、いらはいませ」
入るなり、よぼよぼの老婆が対応した。
「こんにちは」
美波は柔和に接した。彼女はおばあちゃんっ子だ。
「ど、どうじょ、お好きなしぇきにどうぞ」
「はい?」
影雄は聞き返した。
「お、おしゅきな席に」
「そこでいいんじゃね?」
影雄は奥の席を指差した。人数が多いので、テーブル二つをくっつけ、座った。
「いらはい」
さきほどとは別の老婆が、水の入ったコップを置いていった。
「ここってさ」
全員がオーダーし、店員が去った後、翔子が小声で言う。
「ただ単に、おばあちゃんたちが働いているだけの喫茶店なんじゃないの?」
美波以外のメンバーは苦笑した。
「でも、いいとこだよ。ここ」
美波は微笑んだ。
「あんたはばあちゃんっ子だもんねえ」
「うん」
翔子の発言に、美波は頷いた。
「どんなお婆ちゃんだった?」
蒼馬が聞いた。
「やだ、蒼馬くん。過去形にしないで。まだ生きているから」
「あ、ごめん」
「そうだね。お婆ちゃんは、とにかく優しいなぁ。ちょっと離れた田舎の方に暮らしているけど、会いに行くと、いつも野菜や果物をくれて」
楽しそうに美波は語った。
「お小遣いもよくくれた。笑顔が可愛いお婆ちゃんだよ」
「いいね。僕は祖父母には会ったことなくて……」
「え、そうなん?」
勇作が意外そうな顔をした。
「幼少の時は親が忙しくて会う機会なかったし、小学生の時は、既にほら、ケンタウロスだったから……」
蒼馬は複雑な表情をした。各家庭に色々な事情はつきものだ。
「それにしても、飲み物遅くね?」
後藤が言った。
「たしかに」
影雄が立ち上がり、店員に声をかけた。
「あ、おば、じゃなくて店員さん。飲み物まだ?」
「え? なんだって?」
店員は耳を近づけて聞き返した。
「ド・リ・ン・ク」
影雄は声高に言った。
「ドラッグ?そんな危ないもんはおいてねえ」
「違う違う。ド・リ・ン・ク」
影雄は再度言った。
「ドラ息子? 家にいるわい!」
「だめだ。話しが通じねえ」
影雄は肩を竦めた。
「気長に待とうよ」
美波が言った。
しばらく待つと、ようやく店員がドリンクを運んできた。
よぼよぼと足取りは怖いが、零すことなくテーブルまで持ってきた。
「やっと。きた」
翔子は一安心した。
「しかし、君たちはよく喋るな」
ずっと黙っていた上辺委員長が言った。
「え、こんなもんじゃね?」
影雄が応じると、勇作は「うん」と同意した。
「もしかして、委員長、女の子が多いから緊張していた?」
「ば、ばか、そんなんじゃない」
上辺は顔を赤くした。図星のようだ。
「女の子って、照れるじゃない」
さきほど耳が遠かった婆さん店員が、くちばしを挟んだ。
「いや、そういうことは聞こえるんかい」
翔子はツッコミを入れた。
「乾杯」
蒼馬の音頭で、各自ドリンクを飲み始めた。
「うーん。うまい。うまいぜ、婆ちゃんたち」
影雄はオレンジジュースを一気に飲み干した。
「ミルクティーも美味しい」
美波と翔子も絶賛した。
「ん?」
蒼馬は怪訝な顔をした。
「どうした?」
勇作が聞くと、
「いや、僕の飲んでいるコーヒーに、なにか……」
蒼馬は飲み進め、途中で止まった。
「ヒェッ」
蒼馬は腰を抜かした。
「何が起きた?」
勇作は蒼馬のコーヒーカップを覗き込んだ。
そこには、お婆ちゃん店員の入れ歯があった。
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