美波の憂い

「あっちいなー。なんで、好きこのんで、山登りしなくちゃいけねーんだ」

 影雄が毒づいた。

「そんなこと言わないの」

 翔子がたしなめた。

「そうそう。これも楽しまないと」

 勇作は汗を拭きながら言った。

 蒼馬の「夏休みだから、みんなでキャンプへ行こう」という発案があり、キャンプ場があるK市の山をいつものメンバーで登っていた。

「楽しいなハニー」

「健太となら、どこでも楽しいよ」

 健太と後藤は相変わらず人目を憚らずイチャついていた。

「そろそろ休憩にしようか」

 全員の疲労具合を確認して、美波が提案した。

「賛成」

 蒼馬が同意した。


翔子と美波が木陰に座って休んでいると、翔子の眼前に突然蛙が現れた。

「きゃっ」

 翔子は驚き、腰を抜かす。

「あひゃははは」

 影雄が笑っていた。

「あんた、カエル投げたでしょ!」

 翔子は憤り、影雄は逃げた。

「小学生かよ」

 勇作は呆れた。

「蛙、可愛いのに」

 美波は蛙を撫でていた。


 休憩が終わり、少年少女たちはふたたび歩き始めた。

「もう少しで着くよ」

 蒼馬が言った。

 しばらく歩くと、寂れた建物が見えてきた。

「えっ」

「なにここ」

 彼らは驚いた顔をした。廃墟となった小学校に見えたからだ。

「肝試しでもするの?」

 と後藤が言った。

「違う、違う。ここは元々小学校だった場所をキャンプ施設にしたんだよ」

 蒼馬が説明していると、

「いらっしゃいませ」

 顎髭が立派な中年男性が彼らを出迎えた。

「オーナーです。本日はお越しいただき、ありがとうございます」


 一通りキャンプ場のオーナーによる案内が終わった。運動場だったと思われる場所で、蒼馬たちは各自テントの設営を始めた。

 勇作と影雄、健太と後藤、翔子と美波のグループに分かれてテントを使用する。蒼馬はケンタウロスの体が邪魔なため、大きめのテントを一人で使う。

「へっへっへっ。可愛いねーちゃんたちがいるじゃねえか」

 絵に描いたようなガラの悪い若者たちが翔子と美波に近づいていた。

「俺らと遊ばねえか?」

 男Aが言った。

「ちょっとくらいいいだろ。先っちょだけでもさあ」

 下卑た笑いをする男B。

「やめたまえ」

 蒼馬が颯爽と間に入った。

「うお。なんだ、この化け物」

 男二人はたじろいだ。

「化け物とは失礼な! ケンタウロスだ!」

「ケンシロウ? 北斗の拳?」と男A。

「ケンタウロスだ!」

「健康クリニック?」

「ケンタウロスだ! もう、『ケン』しか合ってないじゃないか!」

 若者と蒼馬のやりとりに、影雄はぶふぉっという音を立てて笑った。

「ケンシロウか、ケントデリカットかわからないけどよ。邪魔すんなや」

 男Aが蒼馬の胸を小突いた。蒼馬は仕返そうと腕を上げたが、

「暴力はダメよ。蒼馬くん」

 美波に注意され、腕を下げた。

「ぎゃはっ。ビビッてやんの」

 男Bが煽ってきた時だった。

「てめーら!」

 女の声が響いた。後藤梨花が物凄い形相で男二人に近づいてきた。

「お、なんだ」

「てめーら! 帰れ!」

 後藤は彼らの胸倉を掴んだ。

「なんだ? 女相手でも、俺らはやるぞ」

「ああ!? 誰に言ってんだ?この顔、忘れたか?」

 後藤は覇気のある目で睨んだ。

男たちは、最初は睨み返していたが、徐々に青ざめていった。

「お、おい。やばいぞ」

「すみませんでしたー」

 彼らはそそくさと撤退した。

「後藤さんって、何者?」

 翔子は耳打ちして聞くが、健太はフフッと笑うだけだった。


 道具一式をキャンプ場で借り、メンバーはBBQを楽しんだ。

「いやー。外で、みんなで食べる食事は、美味しいな」

 蒼馬は焼きそばを頬張りながら言った。

「おい。俺の皿に人参いれるなよ」

 勇作が抗議した。

「なんだ。まだ人参苦手なのか。幼稚園の先生になれないぞ」

「幼稚園の先生になる予定ねーわ」

 蒼馬のボケに勇作が突っ込む。

「ぎゃははは。これくらいかな」

 影雄は串にソーセージを縦に何本も差して遊んでいた。

「蒼馬くんのは、もっと大きいでしょ」

 健太も一緒にふざけていた。

「あんたら、食べ物で遊ぶのはやめなさい」

 翔子が咎めた。

「男子たちは、本当に下品だよな。そう思わないか、美波?」

「え、あ、そうね」

 翔子に話をふられたが、美波は気のない返事をした。

「どうした?」

「なんでもない」

 その二人の様子を蒼馬は黙って見ていた。


「どうしたんだい?」

 食事後、芝生に座り夜空を眺めている美波に、蒼馬は声をかけた。

「あ、蒼馬くん。夜空見てた」

「うん。――なにかあった?」

 蒼馬の問いに、美波は虚ろな目をした。

「大丈夫。たいした内容じゃないから」

「本当に? 僕は心配だよ。大きなお世話かもしれないけど」

 蒼馬は眉をひそめ、美波を見つめた。彼女は夜空を見上げたままだ。

「あのね」

「うん」

 蒼馬が相槌を打つ。

「たとえば、なんだけど……」

「うん。なに?」

「普段行っている病院のお医者さんが、実はカツラで、それがずれていたら、指摘できる?」

 美波の意図がよくわからない質問に、蒼馬はしばし考え、

「わからない。その場の状況による」

 と答えた。

「そうだよね」

「うん」

「実はね……」

 美波は夜空から目を話し、蒼馬を見つめた。

「さっき、私たちに絡んできた二人いたでしょ」

「うん」

「その二人、私たちにナンパしてきたけど、ずっと下半身のチャック――社会の窓――が開いていて、隠すべき毛がちょろんと出ていたの」

 美波の発言の刹那、後ろで物音がした。

「重大な話かと思ったら、そんなことかい」

 翔子と勇作がいた。

「だって、私が指摘しなかったから、あの二人、ずっとモザイクかけなくちゃいけない状態で移動しているんだよ。可哀そうで……」

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