プール日和

 図書館の駐輪場で、少女二人とケンタウロスがいた。

「この前はすみませんでした」

 蒼馬は翔子に前回の失態を謝罪した。彼女のスカ-トを剥いでしまったのは、故意ではなく事故だと何度も説明した。

「こちら、つまらないものですが」

 蒼馬は菓子折りと新品のスカートを渡した。

「もう、許してあげなよ」

 美波が言った。

「……」

 翔子は蒼馬をねめつけた。

「男子たちが悪ふざけするのも、今に始まったことではないし」

 美波はフォローしているかどうかよくわからないことを言った。

「しょうがないわね」

 翔子は嘆息した。

「反省しなさいよ」

「はい。本当にすみませんでした」

 蒼馬が殊勝な態度を見せると、

「そういえばさ、明日、蒼馬くんは予定ある?」

 美波は話題を変えた。

「はい! もちろん。スケジュールは空いております」

「どうする?」

 美波は翔子を窺うように見つめた。

「ああ。別にいいわよ」

 翔子が承諾すると、美波は蒼馬を見て、

「明日、翔子とスポーツランドのプールに行くんだけど、蒼馬くんも一緒に行かない?」

 と言った。

「是非!」

 蒼馬は喜びのいななきを上げた。


 翌日。蒼馬は市が運営する『スポーツランド』に来ていた。

「なんで、君たちもいるんだよ」

 蒼馬は嫌悪感を露わにして言った。勇作、影雄、健太&後藤がいたからだ。

「いいじゃないか。面白そうだし」

 勇作はにやついた。昨夜、美波とLINEのやりとりをして、「翔子と蒼馬くんとプールに行く」という情報を仕入れていた。

「そうそう。かてーこと言うなって。うまくやろうぜ。馬だけに。ププッ」

 影雄はくだらないオヤジギャグで自ら笑った。

「ねえ。ダーリン。一緒にプールの滑り台、滑ろうよ」

「わかったよ。ハニー」

 健太と後藤はイチャついていて、蒼馬たちのことは眼中になさそうだ。

「さ、更衣室で着替えようぜ」

 勇作の号令で、少年たちは更衣室に入っていった。


「おお! 美波ちゃん! 眩しい!!」

 先にプールで待っていた美波の水着姿を見て、蒼馬は興奮した。隣に翔子もいるが、目もくれず。

 美波はオフショルダーの水着で、上は白レース、下は花柄模様だ。翔子は青のワンピースタイプの水着である。

「ねえ。これどうかな?」

 後藤が健太に甘えた声を出していた。後藤は黒のビキニタイプの水着を着用していた。

「いいと思うよ」

 健太はだらしなく鼻の下を伸ばしていた。

「あほらし」

 影雄が小声でつぶやいていた。

「翔子も可愛いじゃん」

 勇作は褒めたが、彼女は不満そうに、

「ありがと」

 と素っ気なく返した。

 

 スポーツランドのプールは室内と屋外の両方にある。

 室内は25メートルプールとジャグジープールがある。屋外は、流水プールとアスレチックプールで構成され、夏休み期間のみの解放となっていた。

 流水プールを蒼馬がノロノロと歩く。鞍の箇所には勇作が乗っていた。

「プールで馬に乗るなんて、初めてだよ」

「僕もプールの中で乗せるのは初めてだよ」

「ってか、俺でいいのか?」

 勇作が聞いた。

「ん?」

「俺じゃなくて、乗るのは美波じゃなくてよかったのか?」

 勇作の疑問に、蒼馬は微笑み、

「ああ。初めてのプールだったから事故が起きてはいけないと思って、まずは君で試させてもらっただけだよ」

 と言った。

「実験かよ!」

「そうだよ」

 蒼馬は激しく上下した。

「ちょ。揺らすなって」

「こういうのも楽しいだろ」

 蒼馬の上下運動で、勇作は抵抗虚しく、プールの中に落下した。

「危ないだろ!」

 勇作は立ち上がり憤った。

「うわーん」

 突然、後方にいた五歳くらいの男の子が泣いた。彼の指差した先は、勇作の足だった。

「あ、ごめん」

 勇作は男の子の玩具を踏みつけ、壊してしまっていた。去年流行ったアニメの人形だった。


「なんで、小さい子を泣かしているのよ」

 翔子が勇作と蒼馬をなじっていた。

 男の子を一旦プール傍のベンチに座らせ、美波が宥めている。

「この子の両親はどこかな?」

 影雄が言った。

「一人で来ているってことはないだろうけど、保護者が見当たらないのは不思議ね」

 翔子は眉をひそめた。

「僕が探そう」

 蒼馬はあたりを駆けまわりながら言う。

「すみませーん。この男の子のおかーさんかおとーさん、いませんかー」

「見つからないね」

 健太が言った。

「というより、馬が怖くて避けているって感じ」

 後藤は苦笑した。


 結局、男の子の保護者は見つからず、スポーツランドの事務局まで美波と翔子が付き添って行った。

「あの子の親、本当に何しているんだろ」

 勇作は首を傾げた。

「パチンコ中とかだったら、許せんな。車内放置よりはましだけどさ」

 と影雄が言うと、

「意外と正義感あるんだね」

 蒼馬は茶化した。

 ほどなくして、美波と翔子が戻ってきたので、面々はプールを満喫した。


「あの、先ほどはありがとうございました」

 帰宅しようと更衣室に向かう途中で、事務局の人が声をかけてきた。

「いえいえ」

 翔子が応じた。

「あの子の親、見つかりました?」

「ええ。すぐに見つかりました」

「なぜ、いなかったのですか?」

 勇作が尋ねた。

「実は、お腹の調子がよくなくて、トイレで少し離れていたらしいのですが……」

「あれ、その割には、すぐに名乗り出ませんでしたね」

 と蒼馬が言った。

「それが、化け物がプールで暴れていると思って、近づけなかったみたいです」

 事務局の人はおどおどと蒼馬の顔を見つめた。

「お前のせいじゃねーか」

 美波以外、一斉にケンタウロスにツッコミを入れた。

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