夏休み初日

 夏休みに突入した。

「なあ」

「うん」

 勇作の問いかけに、蒼馬は気のない返事をした。

「どっか行かないか?」

「俺もどこか行きてぇ」

 勇作の発言に影雄は同調した。二人は蒼馬の家に遊びに来て、部屋で駄弁っていた。

「何処かとは?」

 蒼馬が聞き返すと、

「ほら、あるじゃん。金持ちならではの。みんなを連れて海外旅行とかさ」

 影雄はキラキラとした目で言った。

 蒼馬は長く嘆息すると、

「大金持ちならね。知ってのとおり、うちのグループは株価が低いままなんだ……。経営に定評があったからまだ何とかなっているけれど。だから、こうやって、吝嗇家よろしく、部屋で過ごしているんだよ」

 と言った。

「本当のケチなら、冷房のことも考えて、図書館で過ごすけどな」

 勇作が指摘した。

「この僕が図書館に行くと、女子が騒いで図書館が迷惑じゃないか」

「この前までならな」

 影雄がツッコミを入れた。生放送で放送コードにひっかかる醜態を晒して以来、女子は彼を避けるようになっていた。


「そういや、健太は何してんの?」

「後藤さんとデートだってさ」

 勇作が答えた。

「また、あのゴリラ女か。最近、付き合い悪いな健太」

 影雄は毒づいた。

「人の彼女を悪く言うのはダメだよ。影雄くん」

 蒼馬はやんわりと注意した。

「へいへい。あー。つまんねえ」

 影雄はごろんと横になった時、部屋の本棚で何かを発見した。

「お、なんだこれ」

 彼が手に取ったそれは、一冊の本だった。

「なんだこれ。よくわかんねえな」

 ペラペラとページをめくるが、英語ではない難読不能な文字が並んでいた。

「ああ。それは、僕が海外で買った本だよ」

「ふうん」

 影雄が雑にテーブルに置くと、本が開いた。そのページには魔法陣が描かれていた。

「あれ、まさか……」

 勇作はおそるおそる本に触れた。

「これって、蒼馬がケンタウロスになった、悪魔の本じゃないの?」

 蒼馬は首を振り、

「いや、違うよ。それに時期も違う。中学三年の時に買ったものだし」

 と言った。

「じゃあ、これ、なに?」

「さあ」

 蒼馬は肩を竦めた。

「だったら、やってみねえか?」

 影雄が不敵に笑った。

「なにを?」

 影雄は勇作から本を奪い取った。

「ここに書かれている方法で、悪魔の召喚をできるかどうかだよ」


 勇作、影雄、蒼馬の三人は部屋にろうそくを並べた。計六十本ある。

「えっと、このあとは、魔法陣をかいていく、っと」

 影雄は本にある魔法陣を模写する。床に張られた画用紙に書いていく。

「お、いいじゃん」

 勇作が褒めた。

「へへ。こう見えても、中学生の時は美術部だったからな」

 影雄は自慢げだが、実は一ヶ月で美術部から帰宅部になっていた。

「次は何するんだ……。なんだこれ」

 ページを開いて、勇作と蒼馬に見せた。そこには、古代人が奇怪なポーズをとっている絵があった。

「これ、踊りかな?」

 勇作が言った。

「なるほど。それだな」

 影雄は首肯した。


 三人が踊り始める前に、部屋のドアがノックされた。

「はい」

 蒼馬が答えると、

「失礼します。坊ちゃま。お客様です」

 給仕がドアを開け、訪問客を部屋に入れた。

「あ、翔子」

 勇作が反応した。給仕の隣には翔子が立っていた。

「なにやってんの、あんたら」

 彼女はろうそくの群れを見て、呆れた。

「見ての通り、悪魔を召喚するんだよ」

 影雄は手を広げて、仰々しく言った。

「いつぞやの僕のように、この本で悪魔を呼べないか、影雄くんが提案したんだ」

 蒼馬が説明すると、

「あんたたちが呼べるのは馬鹿なことだけでしょ」

 翔子はにべもなく言った。

「いいから、見てくれ。今から俺らが踊って、悪魔を呼び寄せるから」

 影雄は自信満々だ。


「ワン、ツー、スリー、ゴー!」

 影雄の掛け声で三人は踊り始めた。一見するとヨガのような動きに見えなくはない。

 徐々に動きが激しくなり、影雄がジャンプした時、ろうそくを蹴り上げてしまった。

「あっ」

 ろうそくの火は蒼馬の尻尾に点き、めらめらと燃え始めた。

「ちょっと、消して」

 蒼馬はバタバタと慌て、他のろうそくも次々と倒してしまった。

「なにやってんだ! 火事になるぞ!」

 勇作が叱責し、すぐさま部屋にあったカーテンを引きちぎった。

 倒れたろうそくをカーテンで覆い、消火しようと試みた。

「熱い! 僕のも消してくれ」

 蒼馬はパニックになっていた。

「暴れるなよ!」

 影雄が部屋を出た。消火器を探しているようだ。

「お助け」

 蒼馬はまだ興奮状態だ。

「こっちくるな!」

 翔子は悲鳴をあげた。尻尾にはまだ火が点いていた。

「こっちはカーテンでなんとか消せたぞ!」

 勇作が言った時、

「カーテン、布、そうか!」

 蒼馬は手ごろな布を掴んで、それを自分の尻尾にかぶせて消火した。

「ふう。助かった」

 蒼馬の体は白い液体が大量に出ていた。馬がだす汗だ。

「あ、あんたねぇ」

 翔子はわなわなと震えていた。

「翔子ちゃん。そんな恰好して、寒くないのかい?」

 蒼馬は翔子の姿を見つめた。彼女はスカートを履いておらず、下半身は下着が丸見えだった。

「えっと、蒼馬くん、手にあるものは……」

 勇作が指摘し、彼は自分の持っている布を確認した。翔子のスカートだった。

「最低!」

 彼女の平手打ちが飛んできた。

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