彼は有名人
五月女グループと白鳥グループの提携解消が発表され、白鳥家の経営する会社はおしなべて株価が下がっていた。
「ちょうど、解消のタイミングだったんだ。お前は気にするな」
父親はそう言うものの、蒼馬にとっては充分に精神的ダメージがあった。
学校に行っても、普段の元気はない。いつものような美波へのアプローチは大人しくなっていた。
「元気ねぇなあ。馬なのに。ぎゃははは」
影雄のそういった揶揄にも反応せず、悄然としていた。
「ねえ。いい加減にしてよ。辛気臭い」
翔子がたまらず声をかけた。
「しんき……くさ……い?」
蒼馬が小声で反応した。
「クラスメイトのみんなは、あてられてんのよ。あなたの辛気臭さに」
「あてる……しんき……」
「なによ。ぼそぼそ繰り返さないでよ。気持ち悪い」
「しんき……あてる……くりかえす……」
蒼馬は呪文のように言葉を繰り返したのち、勢いよく立ち上がった。
「そうだ! それだよ! ありがとう! 翔子ちゃん!」
教室を飛び出していった。
「なんなの? あいつ」
翔子やクラスメイトたちは呆気にとられていた。
翌日。
美波と翔子が仲良く登校していると、勇作が息を切らせて駆け寄ってきた。
「おはよう。どうしたの? そんなにも慌てて」
美波が聞いた。
「あ、げほ、あっほ」
「一旦、落ち着け」
翔子は勇作の背中をさすった。
「みた?」
呼吸が落ち着くと、勇作は切り出した。
「見たって、なんのこと?」
美波も翔子も理解できず疑問顔だ。
「CMだよ! 白鳥グループのCMに、あいつ、蒼馬が出演しているんだ!」
勇作はスマートフォンの動画アプリを開いた。
*
不協和音な音楽が流れる。
「どうもー。ケンタウロスでーす」
蒼馬は快活に登場する。
「本物ですよ。人間と馬の境目、見ますか?」
どこどんどこどんと謎の太鼓のリズムが流れる。
「ケンタウロス♪ ケンタウロス♪ 馬でも人間でもない♪」
周囲にレオタードの女性たちが現れて、蒼馬と一緒に歌い踊り始める。
「ケンタウロス♪ ケンタウロス♪ 食べてもうまくない♪」
出演者は軽快なステップを踏む。
「ケンタウロスもいいけど! 白鳥もよろしく!」
彼の決めセリフと共に、でかでかと『白鳥グループ』のテロップが出る。
*
「なんじゃこりゃ」
翔子と美波は口をあんぐりと開けていた。
「このCMがいま、バズっていて、株価も上がっているみたいだぜ」
勇作が興奮気味に説明した刹那、校門からキャーキャーと黄色い声が聞こえてきた。
「おっとっと。気をつけたまえ、レディ」
蒼馬が気障に登場した。女子生徒が周りを囲っている。
「CM観ました! かっこよかったですぅ」
黄色いリボンをつけたあざとい女子が言った。
「おお、ありがとう。人間と馬の境目を見るかい?」
「キャッ―」
歓喜する女子生徒たちは、色紙を出す。
「始業前に遅れてしまうから、サインは先着10名まで」
さらさらと達筆な文字で色紙にサインを書いていく。
「はっはっはっ。いやあ、CMの効果ってすごいなぁ」
彼は手を後ろにやり、頭を掻く。
「なにあれ。感じ悪」
翔子が毒づく。
「元気になったからよかったんじゃない」
美波は擁護するが、表情は冷めており、さっさと昇降口に入っていった。
教室でも蒼馬フィーバーがあり、常に彼の周りには人がいた。
「前から思っていたけど、蒼馬くんって、顔はかっこいいよね。馬の部分も艶やかで気品がある」
「金持ちでスポーツが得意で成績も優秀だし、凄いよね」
女子生徒が褒めちぎると、
「蒼馬! お前みたいなクラスメイトがいてよかった! うちの母ちゃんもサイン欲しがっていたよ」
「うちの姉ちゃんも動画に嵌って、ポスター欲しがっていたよ!」
男子生徒も口々に称えていた。
「なんか、気に入らないなぁ」
席に着きながら翔子がふてくされていると、美波は上目遣いで彼女を見て、
「気に入らないんじゃなくて、気になっているとか?」
茶化した。
「なんで、私があんなやつを……。急に人気者になって、苛ついただけよ」
「まあ、気に入らないのは俺も同意だな」
影雄が話に割り込んできた。
「でしょ!」
翔子は立ち上がり、影雄の手を握る。
「そう目くじら立てるなよ」
勇作はなだめる。
「株価もあがったし、蒼馬も元気になったし、いいんじゃない?」
「うーん」
翔子は首を捻る。やはり納得はできないようだ。
「僕もそう思うな」
健太が同意した。
「でも、調子に乗りすぎじゃない?」
翔子は異を唱えた。
「今のうちだけだよ。こういう効果ってさ」
健太は意味ありげに予言した。
二日後。
テレビ取材が学校にきた。朝の登校模様を撮影していた。
「えー。本日はいま話題の高校生・白鳥蒼馬くんの通う高校にきております」
美人アナウンサーがカメラに対して喋っている。
「蒼馬くんはどんな子ですか?」
通りすがりの男子高校生にマイクを向けた。
「え、あの。えっと、素晴らしい生徒です。カッコイイです!」
坊主頭の男子生徒は緊張していた。
「ありがとうございます。そちらのお嬢さんに伺いましょう」
次は翔子にマイクを向けた。
「蒼馬くんは、どのような感じで学校生活を過ごしているでしょうか?」
「ただの汚らしい変態です」
にべもなく言った。
「いまの、カットでお願いします」
後ろにいた勇作が指でハサミの仕草をして懇願するが、
「これは生放送ですので……」
美人アナウンサーは苦笑したが、すぐに表情を切り替えた。
「あ、いま、来ましたね! 話題の白鳥蒼馬くんです」
蒼馬はデコトラの荷台に乗って、パラパラを踊りながら登場した。LEDが激しく明滅している。
「とうっ」
蒼馬は勇ましく蹴り上げ、女子生徒に手を振りながら、デコトラから降りる。
瞬時に目測を誤ったことに気づいた。修正しようと試みるが、
「あっ」
着地に失敗し、足首を捻り、したたかに膝を打ちつける。そのままゴロゴロと転がり、馬のイチモツの前張りは剥がれ、
びたーん
見事に立派なモノがカメラレンズに鞭のように当たった。
白鳥グループの株価は暴落した。
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