蟹を頬張る
週末。美波と翔子はK市の中心街でショッピングを楽しんでいた。
「このクレープ美味しいね」
美波が満足げに言った。手にはチョコバナナクレープを持っている。
「うん。こっちも美味しい」
翔子は同意した。彼女は苺クレープを食している。
「あ、あそこ」
突然、翔子が50メートルほど先の歩道を指差した。
「なに?」
美波がきょとんとして見る。そこには、蒼馬と優奈が仲良く歩いて――厳密には優奈は彼の鞍の上――いたのだ。
「隠れよう」
翔子が美波の腕を引っ張り、ビルの物陰に隠れる。
「優奈さん。どこに行くのですか?」
蒼馬が鞍に座る優奈に聞いた。鍛えているとはいえ、人を乗せてコンクリートジャングルを歩く馬足は辛い。
「そうね。折角、I県に引っ越してきたのだから、蟹を食べたいわ」
優奈は日傘を差し、パタパタと扇子で顔を扇ぐ。
「蟹。蟹かぁ……」
「あら、不服?」
「無理やり連れてきて、蟹ですか」
蒼馬は不満げに口をすぼめた。
「別にいいわよ。その代わり、父に
優奈は脅した。五月女家と白鳥家だと、力関係はやや五月女家のほうが上だ。
「ぐぬ。卑怯なり。ヒヒンがヒン」
ケンタウロスは唇を噛み、黙った。
「なに、あいつ。仲睦まじそうに歩いちゃって」
翔子は歯ぎしりをした。美波は苦笑し、
「どちらかというと、脅されているように見えるよ」
と言った。
「なんか、この前のこともあるし、あの二人と休日に会うのは嫌だなぁ」
翔子は嘆息した。
「それは私も同意する」
美波は翔子の肩に手を置いた。
「あれ、ふたりとも、どうしたの?」
歩道から男に声をかけられ、翔子と美波は驚いた。
「なんだ。健太か」
翔子はほっと安心した。
「なんだとはなんだ。失礼だろ」
健太は怒ったフリをする。隣で後藤梨花が彼の腕を掴んでいた。
「いやー。実は……」
翔子と美波は後ろをちらりと振り返った。そこには蒼馬と優奈が歩いている。
「あれ、蒼馬じゃね? おーいそ――」
健太が声高に呼ぼうとしたので、翔子は彼の口を塞ぎ、ビルの物陰に引きずり込む。
「ばか! 呼ぶなって!」
「もごもごもご」
「翔子。それじゃあ、健太くん喋れないよ」
美波に指摘され、翔子は健太の口から手を放す。彼は呼吸を整えると、
「なんだ。尾行でもしてんの?」
と言った。
「違う。たまたま見かけただけだよ」
「よし。尾行しようか」
「なんでそうなる」
翔子の否定は聞こえなかったかのように、健太は面白がる。
「えっと、この店でいいですか?」
蒼馬は飲食店で立ち止まり、優奈に聞いた。
「ダメ」
「え、でも、蟹が食べたいって」
店の軒先にはメニューボードが出ており、そこには蟹関連のメニューが豊富に書かれていた。
「ここでは食べない」
「お目当ての店があるということですか?」
「あっちに行きなさい」
優奈は指差した。
「えっ。でも、あそこって……」
「どこに行くんだろう?」
好奇心が満点の様子で後藤が言った。健太も目が輝いている。
「さあ? 適当に店に入るんじゃない」
ストーキングに乗り気ではない翔子は呆れ顔だ。美波は冷めた目で馬と優奈を見ていた。
「あれ、なんであっちに行くんだろ。魚でも買うのかな?」
蒼馬と優奈の二人はO町市場のほうに行った。そこにも飲食店はあるが、メインは海産物を購入する場所だ。
「あの、これ、どういう状況ですか」
蒼馬と優奈の二人は広場のベンチに座っていた。購入した蟹を持っている。
「蟹が美味しいところだから、蟹を食べたいって言ったじゃない」
「いや、でも、広場で食べなくても……」
蒼馬は戸惑っていた。広場でケンタウロスが蟹をもって美少女と共にいる。道行く人の好奇の目に晒されていた。
「さあ、食べましょう」
「ええ~」
蒼馬は戸惑う。
「なにやってんの、あれ」
「さあ」
「悪魔に捧げるのかな。蟹を」
「甲羅ごと食べるつもりなんじゃない」
「馬って草食だよね」
健太と後藤と翔子の三人は言いたい放題だ。
「あーんしている」
「餌付けなんじゃない? ケンタウロスの」
「蟹なんて、贅沢な餌付けだね」
「ちょっと、もう、これひぃひょほほお」
蒼馬の口の中は蟹の足でいっぱいになっていた。通行人がぎょっとして見ると、そそくさと二人から離れていった。
「美味しかった。ご馳走様」
優奈は優雅に合掌すると、
「さ、本題よ」
真剣な眼差しになった。
「なんでしょうか」
蒼馬は一気に蟹を飲み込んだ。
「あの子のことは諦めなさい」
「あの子って、美波ちゃんのことですか?」
「そうよ」
優奈は立ち上がり、高飛車に言った。
「以前も言ったように、白鳥家にふさわしくないし、そもそも拘る理由がないでしょ」
「彼女がふさわしいかどうか、決めるのは僕です」
蒼馬は毅然として言う。
「僕は何度でもアタックします」
「しつこい男は、嫌われるわ」
クスクスと優奈は笑った。
「しつこいのは、優奈さんも同じでしょう?」
蒼馬は言葉を返した。
「しょうがないわね」
優奈はスマートフォンを取り出した。
「婚約は破棄するわ。その代わり、あなたのお父様の会社はどうなるか、わからなくてよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます