恋のアイデア

「なんのアイデアも浮かばない!」

 突然、蒼馬が叫んだ。教室にいる生徒たちはぎょっとして見る。美波と翔子の二名はいない。

「なんだ? やぶからぼうに」

 勇作は驚いた顔で言った。

「美波ちゃんにアプローチする手段が浮かばないんだ」

 蒼馬は頭を抱えた。

「お前、懲りないなぁ」

 影雄が失笑した。

「こういうのはどうだ」

 蒼馬が言う。

「彼女を電柱の陰で待ち伏せて、バラを差し出す!」

「それ、ストーカーじゃん」

 勇作が突っ込む。

「じゃあ、これはどうだ」

 蒼馬は鼻息が荒い。

「大勢でパラパラダンスを踊り、告白する」

「この前、そういうの嫌いって、美波が言っていただろ」

 勇作に否定され、

「代案だしてよ!」

 蒼馬は政治家のようにキレた。

「ふっふっふっ」

 健太が不敵な笑みを浮かべ、現れた。

「お困りのようだね。恋するボーイ」

「け、健太さまぁ!」

 蒼馬が過剰に反応し、彼にすがりつく。

「悩めるボーイよ。僕が恋愛のテクニックを伝授しよう。ふっふっふっ」

「ありがとうございます!」

 蒼馬が腕を引っ張りながら感謝するので、健太の体はがくがくと揺れていた。

「嫌な予感しかないのだが」

 勇作がつぶやいた。


「まずは、レディをスマートにお出迎えする練習だ」

 気障ったらしく健太が言う。男四人は中庭に集合していた。

「できるかね?」

「もちろんです!」

 蒼馬は威勢よく応えた。

「はい。こう、アンドゥトロワ。アンドゥトロワ」

「それ、バレェじゃねーか」

 影雄が指摘すると、健太は肩を竦め。

「わかってないなぁ。君は読んだことないの? YAWARAの短大編での伊藤さんを」

「知らねーよ」

 影雄は苦笑した。

「とにかく、この『アンドゥトロワ』のリズムでスマートにレディをお出迎えするのさ」

 健太はハンカチを取り出すと、そっと中庭のベンチにハンカチを置いた。

「こうやってハンカチを置き、『どうぞ、レディ』と言うのさ」

「こうかい?」

 蒼馬はそっとハンカチを置いた。

「違う! こうだ!」

 健太はハンカチの位置を直して置いた。

「こう?」

「だから、違うって!」

 健太はまたしてもハンカチを正した。

「どっちも変わらねーだろ」

 影雄が冷やかす。

「ふっ。わかってないな。君は。この微妙な違いが重要なのさ」

 健太は前髪をかき上げた。

「あのさ」

 勇作がくちばしを挟む。

「健太って、そういうキャラだったっけ? ちびまる子ちゃんの花輪くんみたいな……」

 彼の小太りな体型をじろじろと見た。

「花輪くんというより、太った狩野英孝だろ」

 影雄が野次を飛ばした。

「うるさい!」

 健太は憤慨した。


「次はナンパしたまえ」

 健太が蒼馬に指示した。

「ナ、ナンパを、するのですか?」

「そうだよ。経験値を積んで、モテモテになるのさ」

「はあ。でも、僕には美波ちゃんという可愛い彼女(予定)がいるのですが……」

 蒼馬は戸惑った。

「いいから。男は度胸。なんでもやってみるのさ」

 健太は蒼馬を押し、廊下で会話している女子グループまで連れて行く。

「やあ、ハニーたち。僕の上に乗らないかい?」

 蒼馬が声をかけると、女子生徒たちは「きゃー。変態」と去っていった。

「うわ。最低だな」

 勇作がげんなりした顔で言った。

「いや、僕は、乗馬しないかという意味で、下ネタではない!」

「本当、最低」

 いつの間にか翔子がいて、男たちを睨みつけていた。

「美波に言っておくね」

 冷ややかな微笑をすると、翔子は立ち去ろうとした。

「ま、待って」

 蒼馬は引き留めようとするが、腕は空を切り、手はあるものを掴んでいた。

「きゃっ! 何すんの!」

 翔子のスカートが脱げていた。顔を赤らめ、スカートを回収して履く。

次に、彼女は蒼馬の前足と後ろ足の計四本にローキックを食らわせていた。

「この事も、美波に言うからね!」

 崩れ落ちた蒼馬に激怒しながら、去っていった。

「大丈夫か?」

 勇作は馬の足を確認した。怪我はないようだ。

「まあ、うまい事いかないよな。馬だけに。ぷぷっ」

 影雄は嘲笑った。


「――ということがあったの。酷いと思わない? あの変態」

 帰路につき、翔子は事情を美波に説明した。

「うーん。蒼馬くんのことだから、多分わざとではないと思うけど」

 美波は目をぱちくりとしながら言った。

「そうかなあ」

 翔子は疑わしげに首を捻った。

「うん。多分ね」

 美波は”多分”を強調した。

「あ、そういえば、コンビニ寄らない?」

 翔子が提案した。

「どうしたの?」

「実は、すみっコぐらしのグッズがあたるキャンペーン中で」

「ああ。翔子、好きだもんね。私も何か買って、応募券あげようか?」

「ありがとう」

 翔子は美波の腕に抱きついた。


 パカラパカラと馬の蹄の音が聞こえてきた。

「美波ちゃーん」

 蒼馬が近づいてきた。鞍の上には何故か健太がライドオンし、弓を構えていた。

「僕は隅っこではなく、君の真ん中で生きていきたーい」

 ケンタウロスは叫んだ。

「なにそれ。意味不明」

 翔子は冷めた顔で、美波は困り顔だ。

「俺はキューピット。蒼馬と美波の恋を打ち抜くぜ」

 健太は気障に言った。

「あいつら、なんなの」

 止まることなく、少年たちは駆け抜けていった。

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