恋するかき氷

 七月になった。蒼馬が転校してきてから一ヶ月経っていた。

 I県は雪国だが夏は猛暑が続くことはよくあり、日によっては関東よりも気温が高い時もある。

「七月になったばかりだけど、暑くね?」

 二時間目の数学が終わった後、影雄が下敷きで顔を扇いでいた。

「今日、最高気温32度だってさ」

 翔子が今朝の天気予報を思い出して言った。

「うげえ」

 影雄は舌を出した。

「かき氷食いたくなるね」

 勇作が言った。

「お、何の話だい」

 蒼馬が手持ちのミニ扇風機を当てながら現れた。ケンタウロスは暑そうだ。

「あれ!」

 健太が蒼馬の下半身を指差した。

「どうした?」

 勇作が首を傾け不思議がる。

「なんか、蒼馬くんから白いものが!」

「うげ、おまえ、アレだしちゃったのかよ」

 影雄が気持ち悪そうに言った。

「それ、汗だよ」

 冷静に美波が指摘した。

「え、そうなの?」

 翔子が聞く。

「うん。動物園行った時に学んだ。馬の汗は白いんだって」

「へえ」

 影雄は驚き、

「なるほど。面白いね」

 勇作は感心した。

「ところで、何の話をしていた?」

 蒼馬が話を戻す。

「そうそう。暑いから、かき氷食べたいという話をしていた」

 勇作が答えた。

「それなら、うちでかき氷パーティしないか?」

 蒼馬が提案する。

「色々なフレーバーも用意しておくよ」


 週末。いつものメンバーが蒼馬の家に集まった。

 広い庭には横長のテーブルが置かれ、果肉入り苺のシロップ、メロン味のシロップ、黒密など様々なフレーバーがある。

 メンバーが何よりも驚いたのは、蒼馬に似せた大きな氷像が置かれていたことだ。

「この氷像を砕いてかき氷にする」

 蒼馬が説明すると、一様に怪訝な顔をした。

「自分の氷像を割られて、気分を害さないのか?」

 勇作が聞くと、

「別に問題ない」

 と彼は答えた。

「このシロップうめーぞ」

 影雄が感嘆の声をあげた。

 勇作、健太、後藤が近寄る。彼は紫のかき氷を食べていた。

「それは、むらさき芋のフレーバーだよ」

 蒼馬が教えた。

「こっちも美味しい」

 果肉入り苺シロップのかき氷を頬張り、美波は嬉々とした。隣で翔子も頷いている。

「喜んでもらえたようで、なにより」

 蒼馬は微笑み、満足げに頷いた。

「これは何かな?」

 後藤梨花が赤いシロップを手に取り、たっぷりとかけた。

「あ、それは」

 蒼馬が止めようとしたが、時すでに遅し、かき氷を口に入れていた。

「かっらーーー」

 後藤は叫び、ゴリラのように胸をドラミングした。

「ぷぷっ。ほんまもののメスゴリラ」

 影雄が嘲笑したのを見て、後藤はそのかき氷が乗ったスプーンを強引に彼の口に突っ込んだ。

「かっれーーー」

 影雄はのたうち回る。

「なんだこれ! 〇す気か!」

「ハバネロとか辛い物を中心に作ったフレーバーだよ」

 蒼馬が解説する。

「どっきり用に置いておいた。楽しめたかな?」

「限度があるだろ!」

 後藤と影雄は顔を赤くし、汗をだらだらと流しながら訴えた。

「え、そんなにも辛いの?」

 美波が興味深そうに後藤の持つかき氷を見つめた。

「うん。食べないほうがいい」

 後藤が制止したが、美波は自分のスプーンですくって、口に運んだ。

「あれ、美味しいよ。そんなにも辛くない」

 美波が微笑んだ。彼女がけろりとしているので、勇作と健太は笑い、

「お前ら、わざとらしく辛さアピールしたな?」

 赤いかき氷を口にした。

「かっっっらっ」

「んげ」

 二人ともすぐに気分が悪くなった。

「なんで、こんなの食べて平気なの。美波ちゃん」

 後藤は苦笑した。

「美波は辛いもの得意だからね」

 翔子が口ばしを挟んだ。

「それなら、食べる前にそれを言ってくれ」

 勇作は苦笑した。

「ところでさ」

 翔子が蒼馬を睨みつけた。

「な、なんだい」

 蒼馬は暑いせいなのか、白い汗を出していた。

「なんで、わざわざ氷像にしたかわかったよ」

 翔子は眼光鋭く言う。

「さっき、氷像の口の部分、そこは美波のかき氷になっていた」

「……」

 蒼馬は沈黙した。

「まだ氷像の上半身が残っているのに、次は下半身のある部分が美波のかき氷になった」

 翔子の指摘で、彼は滝のように白い汗を出していた。

「うわー。変態だな、蒼馬」

 影雄が冷やかした。

「ドン引きだね。変態くん」

 後藤も口撃する。

「ち、違う。たまたまだ」

「股間だけに?」

 影雄が茶化す。

「やめい」

 勇作が突っ込む。

「ちがーう。誤解だーーー!」

 蒼馬は駆け足で屋敷を出て行った。パカラパカラパカラ。

「あーあ」

 男性陣は肩を竦め、後藤と翔子は呆れた顔をしていた。唯一、美波だけは真剣な表情をしていた。


 *


 美波たちが屋敷に訪れる数時間前のこと。

「お坊ちゃま」

 執事が蒼馬に声をかけた。

「例のモノ、いかがなさいますか?」

「ああ。特に決めていないから、適当な場所でいいよ」

「かしこまりました。給仕にもそのように伝えておきます」

 蒼馬はサプライズを用意していた。それが発覚した時の美波の反応が楽しみだった。


 *


 蒼馬がコンビニ前で気落ちして座っていると、近づく影があった。

「蒼馬くん」

 美波の声だとわかり、蒼馬は顔を上げた。

「僕は……」

 彼の言い訳を美波は手で制し、光るものを見せた。

「これを私にプレゼントしたかったんでしょ?」

 指輪だ。サイズは美波の指より少し大きい。

「執事さんに聞いたよ。氷像の中に隠しておいて、サプライズしたかったと。実際、私のかき氷の中に入れられていた」

「うん」

 蒼馬は頷いた。

「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、受け取れない」

 美波は指輪を返した。蒼馬の手にねじ込む。

「なんで?」

「こういうものはお付き合いしてからでしょ」

「じゃ、じゃあ」

「でも、お付き合いはしません」

 美波はきっぱりと拒否した。


「あーあ。また振られたな」

 影雄が言った。他のメンバーは、こっそりと離れて見ていた。

「まさか、給仕さんが指輪を股間に隠していたとは……」

 健太が肩を竦めた。

「沽券に関わるのではなく、股間に関わるとは……」

 勇作がシニカルな顔をして言った。

「好感度は上がらず、股間度が上がるとは……」

 影雄が便乗して言った。

「お前ら、下ネタはもうやめろ!」

 翔子が突っ込んだ。

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