料理バトル
今日も美波と翔子コンビは仲良く登校した。
「おはようございます」
二人は校門前にいる体育教師の奥哲夫に挨拶した。彼は「おう」と返す。
「そういえばさ」
翔子が切り出した。
「うん」
「昨日の『料理の芸人』見た? あの、シュッシュッっていう一発ギャグやる芸人、料理うまかったんだね」
「うん。意外だったよね。料理ができると、かっこよくみえる」
美波が相槌を打った。
その様子を後ろから伺うケンタウロスがいた。
「蒼馬、何やっているんだ?」
勇作が聞いた。蒼馬は頭に三角巾をつけ、上半身はエプロンをつけていた。
「ふふふ。実は、僕は料理ができる男なのだよ。馬界の速水もこみちと呼んでくれ」
「お、おう」
勇作は戸惑った。
(また、こいつ、変なこと始めようとしているな)
と悪寒がした。
「話は聞かせてもらった」
どこからか現代文教師のオモセンが現れた。
「よっしゃ! 生徒同士での料理対決や!」
二時間目の終了後、全校生徒はグラウンドに集められた。
「えー。それでは、N丘高校第一回料理バトルを始めようと思います」
壇上でマイクを持ったオモセンが言う。
「校長と私は審査員をします。もう一名、生徒会長にもしてもらい、審査員は合計三名です。各10点満点です。参加者が多ければ、まずは予選会を始めます」
オモセンはルールを説明していく。隣で校長がうんうんと恵比須顔で頷いている。
参加希望者は意外と多く、57名もいた。
「予選会ですが、料理に関する自己PRをしてもらいます。選ばれた三人が決勝進出となります」
オモセンが参加者に次々とマイクを向けていく。20名ほどPRが終わったあたりで、蒼馬に順番が回ってきた。
「僕は、キャベツの千切りをします!」
彼はキャベツ、まな板、包丁を鞍から取り出し、瞬く間に千切りにしていった。
「ん?」
勇作が異変に気付いた。蒼馬の馬部分にある鞍が、妙に膨らんでいるのだ。
(誰か、隠れている?)
訝しげに眺めていると、
「よし! 君は合格だ」
オモセンが蒼馬の決勝進出を告げていた。
「決勝はキッチンスタジアムで行います! 場所はここです」
オモセンが校内の地図上を指した。
「キッチンスタジアムって、ただの調理室じゃねえか」
勇作は苦笑した。
調理室では決勝進出者が準備をしていた。家庭科部の部長である
「おい、蒼馬」
あくせくと準備をしている蒼馬に勇作が声をかける。
「お前、ズルしているだろ?」
「な、なんのことかな」
明らかに動揺しており、誤魔化すように口笛を吹き始めた。
「これだよこれ」
勇作は奇妙な形をしている鞍を指した。
「失礼な! 邪魔しないでくれたまえ」
蒼馬は鍋を抱えて、離れていった。
準備時間は30分与えられた。食材はあらかじめ学校側がたっぷりと用意していた。
「それでは、始め!」
調理開始のゴングが鳴った。ギャラリーは廊下側や外の窓から眺めている。
「料理の制限時間は50分とします」
オモセンが説明した。
長面が早速テクニックを見せつける。中華鍋を華麗に扱い、野菜たちが踊っているようだ。
弗蘭は小鍋に赤ワインを入れ、肉のようなものを煮込み始めた。
蒼馬はキャベツを切り始めた。
「またキャベツかよ。千切りだけじゃ勝てないぞ」
影雄が廊下側から野次を飛ばした。
「そのうちわかるさ」
蒼馬は不敵に笑った。鞍がもぞもぞと蠢いていた。
50分経ち、三人のクッキングタイムは終わった。テーブル席に審査する校長、オモセン、生徒会長が着座する。
「さて、楽しみだな」
校長が満面の笑みで言った。まずは長面の料理からだ。
「おお、これは」
テーブルには炒飯、ホイコーロー、餃子、スープが並べられた。
「いい匂い」
美波がいまにも垂涎しそうな顔で眺めていた。
「あざとい料理だな」
影雄が言った。
「どういうこと?」
翔子が聞いた。
「あの三人、いかにも中華が好きな男たちじゃないか。そこを狙っての料理だろ。あざとい」
彼の指摘通り、がつがつと男たちは咀嚼していた。
「んまい! 王将より旨い!」
オモセンが絶賛し、
「炒飯もしっかりパラパラで、星三つです!」
校長も舌鼓を打つ。
「では、点数をどうぞ」
司会進行役の副生徒会長が促した。審査員はフリップボードに点数を書く。
「オモセン10点! 校長9点! 生徒会長7点! 合計、26点でーす」
点数発表で、ギャラリーは「おお~」と盛り上がった。
「次の料理どうぞ」
弗蘭の料理が運ばれてきた。
「これは何だね?」
校長が聞いた。
「ブフ・ブルギニョンです。半日冷蔵庫に寝かし、二時間煮込んだものです」
弗蘭が説明すると、
「対決前から仕込んでいるものを使うのは反則だろ!」
影雄が親指を下に向けて野次を飛ばした。
「ルールには明確に書かれていませんでしたので」
そう言うと、彼はそっと校長の手に父親が経営するフレンチレストランのお食事券を渡した。
「まあ、それなら仕方ないな」
校長がオモセンに同意を求めると、彼は首肯した。もちろん、オモセンの手にもお食事券が握られている。
「おお、美味しいな! これは甲乙つけがたい」
二人は称賛し、器用にナイフとフォークを使って平らげていく。
「あれ、生徒会長は何故召し上がらないのですか」
副生徒会長が疑問を呈した。生徒会長は手をつけようとしない。
「これ、アルコール入っているでしょ? 僕、アルコールに弱いし、未成年だし……」
点数の結果は、オモセン10点、校長10点、生徒会長0点の合計20点だった。
「さーて、真骨頂の出番ですよ」
蒼馬は首をポキポキ鳴らしながら料理を運んできた。
「おお!」
三人共、驚きの声をあげた。
「蒼馬特製、K沢カレーです!」
蒼馬はしたり顔で言った。
銀の器にカレーライスがあり、とんかつ、キャベツが添えてある。カレーのルーはどろりと濃厚で、上にかけられたとんかつソースが良いアクセントを与えている。
「なるほど。このキャベツだったわけだ」
校長は感心した。
「さて、肝心の味は……」
スプーンで掬ったカレーライスが校長の口に吸い込まれていく。
「うまい! これぞK沢カレーだ!」
校長は柏手を打った。同じようにオモセンも柏手を打っていた。
「美味しいです。僕も満点をあげたい」
生徒会長も絶賛だ。
その時だった。なにやら、蒼馬の様子がおかしかった。
「なんだ?」
勇作は蒼馬に近づき、鞍に隙間があるのを見て、その箇所をぺりぺりと剥がした。
「あっ!」
大きい鞍には、蒼馬の家の執事が横になって入っていた。両手は蒼馬のつけているエプロンの方にでており、鞍とエプロンで誤魔化して、二人羽織しているような状況だ。
「不正行為だー!」
影雄が大声で叫んだ。
「君は失格です」
副生徒会長からマイクを受け取ると、オモセンが宣告した。
優勝者は、家庭科部の部長・長面雄太になった。
「残念だったな」
調理室でしょんぼり座っているケンタウロスに勇作が声をかけた。
「すみません。坊ちゃま」
横に立っている執事が謝る。
「いや、執事さんは悪くない。不正させたこいつが問題」
翔子が蒼馬を責めた。
「ズルはよくないよ」
美波が追い打ちをかける。
「いいとこ見せたいなら、自分で努力しないと」
勇作は蒼馬の肩に手を置いた。
「どりょく……?」
彼は目をパチクリさせた。端正な顔はみるみる生気が戻ってきた。
「そうだ! 努力だよ! 執事さん! 早速、料理教室に電話したまえ! 通うよ!」
蒼馬は立ち上がり、駆けだす。
「美波ちゃん、今度は本当に料理上手になって、馬界の速水もこみちが、あーんしてあげるからね!」
去っていった。
「あいつポジティブだな」
「うん」
勇作と翔子は諦観した顔で見送っていた。
「馬界の速水もこみちって、どういうこと?」
美波は首を傾げた。
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