パフェ
日曜日。美波と翔子は二人で出かけていた。
工業大駅前から乗り、K市駅で降車した。K市駅は豪奢な作りの駅で、もてなしドームと呼ばれるガラス張りの天井がある。象徴的な鼓門があり、フォトスポットとなっている。
駅を背に900メートルほど歩き、右折すると、二人の目的の店がある。
「ここだ」
翔子が看板を見上げて言った。フルーツパーラーの店で、果物をふんだんに使ったスイーツを提供している。
開店して間もないこともあり、客はまばらで存外に空いていた。
テーブル席に座るなり、
「美味しそう」
美波はメニュー表を見て目を輝かせた。
「どれも迷っちゃうね」
「うん」
二人がメニュー表を眺めながら唸っていると、外から徐々に近づく蹄の音が聞こえてきた。
「あれ」
「この音って」
少女たちは顔を見合わせた。
店のドアが開き、現れた人物を見て、翔子は苦虫を噛み潰したような表情になる。
「うげー。なんで蒼馬がいるの」
「美波ちゃん! 僕とパフェを食べよう」
彼は爽快に笑った。
「なんで来たのよ。あんた」
蒼馬が当然のように美波の隣に座ったので、翔子が非難した。座ると言っても、人間用の椅子は使えないので後ろ足を曲げている。
「もちろん。パフェを食べるためさ」
「うん。食べよう」
美波も同意する。
「いや、そこは拒否しなさいよ。美波」
翔子が注意した。
「だって、お友達じゃない」
美波が友達を強調した。
「お友達だってさ、蒼馬くん」
翔子はぷぷっと笑った。
「友達でも前進しているよ! 世の中には憧れの君に近づけない男子もいるくらいだからね!」
鼻息荒く蒼馬が言った。
「あ、あんた、ポジティブだね」
何事も諦めがちな性格の翔子にとっては、羨ましい性格だ。
美波はチョコレートパフェ、翔子はメロンパフェ、蒼馬はジャンボフルーツパフェを注文した。
フルーツは新鮮で甘く、ファミリーレストランの商品と比べるとボリュームがあり、三人は舌鼓を打ちながら食べる。
「美味しい。フルーツだけじゃなく、生クリームも美味しい」
「はい。あーん」
翔子はパフェをすくい、美波にスプーンを差し出した。
「ありがとう。メロンパフェも美味しいね」
美波はパクッと口に入れると礼を言い、
「じゃあ、こっちも」
翔子にチョコレートパフェを返す。
「み、美波ちゃん! 僕にも、あーんを!」
興奮しながら蒼馬は口を開ける。
「あんたにはこれで充分よ」
翔子は紙ナプキンを彼の口に押し込んだ。
「ひぃ、ひどい」
口をもぐもぐと動かしながら抗議した。
「食べるんかい!」
翔子が突っ込む。
パフェを満喫し、三人は店を出た。
「公林坊に行く? それとも肩町」
翔子が美波に聞いた。公林坊も肩町もK市の中心にある地区である。服屋や雑貨屋、お洒落なレストランなどがひしめき合っている。
「肩町かな。カラオケとかも行きたいし」
「わかった。決まりね」
少女たちが歩き出すと、蒼馬もついてきた。
「だ・か・ら! なんで、あんたも来るのよ」
翔子が注意すると、
「た、たまたま、同じ道に行こうとしていたんだ」
と弁明した。
「どうだ?蒼馬はうまくやっているか?」
望遠鏡を覗く勇作に影雄は言った。
「あまりうまく行っているようには見えないけど」
「ちっ。あれだけ、自然に合流しろと言ったのに、不自然なことするからだよ」
影雄は舌打ちをした。
「しっかし、他人の恋を応援するって、影雄も優しいとこあるんだな」
勇作が言うと、影雄は不敵に笑う。
「いや、だってさ、あいつの行動、面白いだろ」
彼の優しさではなく好奇心によるものだった。
「何やってんの?」
不意に声をかけられ、彼らはビクリと驚いた。振り向くと、健太が後藤梨花と手を繋いでいた。
「よお。健太にゴリr……ではなく後藤さん」
影雄は危うくゴリラと言いそうになる。
「こんにちは」
彼女は会釈した。
「いま、何やってんの?」
健太が再度聞いた。
「ふっふっふっ。特殊生物の行動観察だよ」
影雄は人差し指を揺らした。
「どこがだよ。――蒼馬の動向をみていた。美波と翔子の買い物に強引に割り込んでいるんだよ」
勇作が説明した。
「おもしろそうじゃね」
後藤が興味津々な反応をした。
「え、僕たちも観察するってこと?」
健太は戸惑う。
「デートはどうするの」
「中止して、一緒に尾行しようよ。何か起きるかも。面白いこと」
「そうかなぁ」
健太は懐疑的だったが、この後藤の発言はあながち間違っていなかった。
少女たちはウインドーショッピングを楽しんだ。特に目を引きつけたのは、雑貨屋にあったゆるキャラの等身大ぬいぐるみだった。服飾は可愛いものはいくつかあったが、購入には至らなかった。
「一通りショップは見たかな?」
「うん」
「まあ、目当てのものはなかったから、そろそろカラオケに行く?」
翔子が提案すると、美波は首肯した。
「二人はどんな歌を歌うの?」
いつの間にか後ろにいた蒼馬が聞いた
「あれ、一瞬消えたと思ったら、まだいたの」
翔子は呆れ顔である。
「どうせ、カラオケもついてくるんでしょ。いいわよ」
彼女は嘆息した。美波も「いいよ」と頷いた。
「やった! やった! やった!」
蒼馬は諸手を挙げて小躍りした。
「その葉っぱ隊みたいな踊りやめてくれない?恥ずかしいから」
「お、カラオケ店に入って行くぞ。リーダー」
勇作は望遠鏡から目を離して声をかけたが、そこに影雄の姿はなかった。
「おい! どこ行ったんだよ」
健太と後藤梨花もいなかった。
きょろきょろと辺りを見回すと、彼らは蒼馬たちと接触していた。
「離れて観察するんじゃないのかよ!」
「よお」
影雄が右手を挙げて三人に近づいた。
「あれ、影雄。なんでいるの。健太とその彼女も」
翔子と美波は不思議そうな顔をした。
「いやー。たまたま街中で会ってね。どう、俺らと一緒にカラオケ」
影雄はニタニタ笑いながら言った。
「んげ。何か企んでそう」
翔子は一歩身を引いた。
「別にいいと思うよ。折角だし、みんなで楽しもう」
美波は同意し、微笑んだ。
「おーい」
離れた場所から声が聞こえた。全員がその方向を見ると、勇作が小走りで近づいてきていた。
「ちょ、待てよ」
と言いながら彼は盛大にこけた。
「うわー。痛そう」
翔子の顔は引きつっていた。
カラオケ店の個室で小さな悲鳴があがった。
「いでぇ」
勇作の膝にアルコール消毒をしたからだ。少し出血しているので、美波が持参していたバンドエイドを張った。
大きめの部屋だが、総勢7人(6人+馬人間)なので、狭く感じる。
「なに頼もうかなあー」
後藤は電子目次本(通称デン〇ク)で料理を検索していた。
「そういえばさ。お母さん、歌手していたんだよね?」
美波が蒼馬の耳元で聞く。カラオケ店だから聞こえやすいように近づいているのだが、彼はくすぐったい気持ちになった。
「うん」
「なんていう歌手名?」
「名前は、『落武者マーリン』だよ」
美波はもうひとつの電子目次本で検索した。曲が三つヒットした。
「これ、いれてみていい?」
彼女は一番上に表示されている曲を指した。曲名は『うんうん体操』だった。
「どうぞ」
曲が流れた。
「あれ、これ、ミュージックビデオバージョンじゃん」
翔子が言った。ミュージックビデオバージョンとは、本人映像かつ歌声が入ったバージョンのものだ。
激しいテンポの前奏が鳴り、急に静かになる。画面内では、蒼馬の母がゆるりと出てきていた。
≪うんうん体操♪ うんうん体操♪≫
前奏とは打って変わり、軽快なポップサウンドに合わせて、蒼馬の母が踏ん張るような姿勢をとって踊り歌っている。
「なにこれ……」
全員が唖然とした。
「これ、母が最後に出した曲だよ。売れたい一心で、子供に受けそうなものを作ったんだ」
蒼馬は苦笑していた。
≪うんうん体操♪ うんうん体操♪≫
「いやー。これでは売れないだろ」
影雄が批判した時、部屋に禿頭の中年男が入ってきた。
「みんな! 逃げなさい!」
≪みんなでうんうん♪ うんうん体操♪≫
突然の闖入に、少年少女は何が起きたか理解できなかった。
「早く、この化け物から離れなさい!」
中年男が叫ぶ。どうやら、蒼馬のことを言っているようだ。
≪それそれ♪ うんうん♪ うんうん体操♪≫
「あ、いや、この子は友達で――」
勇作は説明を試みたが、うんうん体操の音楽に掻き消されていた。
≪いやいや♪ うんうん♪ うんうん体操♪≫
「はやく! 逃げなさい!」
彼が再び叫んだ刹那、店員が「失礼します」と飲食を運んできた。
中年男が振り上げた腕が当たりそうになり、店員は避けたが、お盆にあったパフェとフランクフルトが飛びたった。ベチョリという音がし、彼の禿頭にパフェのソフトクリームとフランクフルトが乗っかっていた。
≪うんうん体操♪ うんうん体操♪≫
「ぶふぉ」
後藤梨花は盛大に飲んでいたコーラーを吹き出し、健太の顔面にかけていた。
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