蒼馬の初恋

 二時間目の授業が終わった時だった。

「蒼馬って、電池で動いているんじゃね」

 だしぬけに影雄が言った。蒼馬はトイレに行っていた。

「どういうこと?」

 勇作が聞いた。

「あの下半身の俊敏さは、並みの馬や人間では考えられない。だから、下半身は白鳥グループが総力をあげて作ったロボットで、バッテリ駆動しているんじやないかと思ったんだ」

「滑稽だな。蒼馬が『悪魔にやられた』って言っていただろ」

 勇作が反論すると、

「悪魔云々の方が、よほど現実離れしていて滑稽だろ」

 影雄は肩を竦めた。

「たしかに、そっちの方がリアルだよね」

 健太が同意した。

「だろ? だから、三人で確かめてみようぜ」

 影雄は不敵な笑みを浮かべた。

(嫌な予感……)

 勇作は危惧した。


 昼休み。

「いいか? まず、俺が蒼馬を引きつける。その間に、勇作と健太はやつの下半身を調べるんだ。さりげなくな」

 影雄に指示され、健太は「了解」と返事し、勇作は諦め顔で「へいへい」と応えた。

 蒼馬は中庭にいた。相変わらず美波に言い寄っていたが、袖にされていた。その隣で翔子が冷めた目で見ていた。

「なあ、蒼馬」

 まずは勇作が近づいて話しかけた。

「お?」

「そんなんじゃあ、女心を掴めないよ」

「なに!」

 蒼馬が大きな目をさらに見開いた。

「もっとスマートで余裕ある感じにしないと」

「そうだそうだ」

 勇作の言葉に健太が乗っかった。

「じゃあ、君は良い方法を教えてくれるのかい?」

 蒼馬の疑問に、勇作は頭を捻った。

「それは、あれだよ。そう、えっと……」

(おい。影雄。確認はまだか)

 勇作は影雄に目配せするが、彼は蒼馬の尻尾あたりでまごついていた。

「どういう方法だい?」

 蒼馬が近づいて聞いてきた。

「ああ。えっと、まずは爽やかさを演出するために弾んでみよう」

 勇作が苦し紛れに言うと、蒼馬は跳ねた。同時に後ろ足が力強く影雄を蹴っていた。

「!!」

 彼は吹っ飛び、校舎の壁に体を打ちつけていた。

「あ~~んどろいど、ではなく、あ~~にまる」

 影雄は気を失った。


 男三人で影雄を運び、保健室のベッドに寝かせた。

「東京に住んでいた時でもこんな事故はなかったぞ。馬の後ろに立つなんて危険だろ」

 謝るのではなく、何故か蒼馬は怒っていた。しかも事故扱いだ。

「いや、お前が蹴ったんじゃん」

 勇作が指摘すると、

「馬は軽車両だ」

 と居直った。

「まあまあ。そもそもケンタウロスを調査しようとした影雄が悪いんだし」

 健太が仲裁する。

「いや、健太も計画に乗っかっていたし」

 勇作は自分のことも棚に上げて言った。

「しかし、この光景を見ると思い出すよ」

 蒼馬が保健室のベッドを見ながら、しみじみ言った。

「なにを?」

「昔ね、病院で親しくなった女の子がいたんだ」


 *


「蒼馬! 待ちなさい」

 蒼馬の母は声を荒げた。五歳児は無視し、元気いっぱいに走っていた。まだケンタウロスではない時代の蒼馬だ。

 二人は病院に来ていた。親戚がバイク事故で骨折して入院しているので、そのお見舞いだ。

「もう、あの子ったら」

 母は呆れていた。

「へへ。誰が言うこと聞くもんか」

 蒼馬は捕まらないように、適当な病室に逃げ込んだ。

「だれ?」

 幼い女の子の声が聞こえた。

 そこにはベッドに座る長い黒髪の少女がいた。年の頃は蒼馬と同じくらいだろう。

「うるさかった?」

 蒼馬が聞くと、

「ううん。大丈夫」

 少女は首を振った。刹那、少女は激しく咳き込んだ。

「どこか悪いの?」

 心配そうな顔で彼は覗き込んだ。

「平気。ちょっとむせただけだから」

「そっか」

「近所の子?」

 少女は潤んだ瞳で見つめた。蒼馬はドキリとし、

「親の都合であっちこっちに行っているけど、今は近くに住んでいるよ」

 顔を背けて答えた。

「そうなんだ。私は病気のせいで、あまり出かけられないから羨ましい」

 切なげに彼女は言った。

 気まずい空気が流れ、打ち破るように蒼馬は言う。

「――だったらさ、毎日俺がここに来て、他の都道府県とか海外のこと、教えてやるよ」

「うん」

 少女は笑顔を見せた。


 *


「それで、どうなった?」

 影雄が聞いた。いつの間にか意識を回復していた。

「僕は数日病院に行き、彼女と色々な話をしたよ。あの県は海産がうまいとか、あの県は果物が美味しいとか、アメリカは色々なものがデカいとかね」

「ふーん。蒼馬の初恋か」

 勇作が茶化すと、

「ば、そ、そうかもしれない」

 蒼馬は認めた。

「その後、その女の子は?」

 健太が続きの話を求めた。

「さあ。わからない」

「なんで?」

「僕は親の都合でヨーロッパの方に言ったからだよ。名前も聞き忘れた」

 蒼馬は肩を竦めた。

「ケンタウロスにはいつなったんだ?」

 影雄が尋ねた。

「その後だよ。なぜかというと、悪魔の本をフランスの市場でたまたま見つけてね。親に買ってもらった」

 蒼馬は自分の毛並みをブラッシングしながら言う。

「もちろん、悪魔の存在は信じていなかった。けど、彼女のことが忘れられなくてね。悪魔なら彼女の病気を治せるかも……ってね」

「え、じゃあ」

 勇作は愕然とした。

「そうだよ。彼女の病気を治してほしいと願い、僕は代償を受け入れたのさ」

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