人参事件

 月曜日になった。

 蒼馬は鬱々とした顔で登校してきた。週末の出来事が尾を引いているようだ。

「お、蒼馬。おはよう」

 勇作が声をかけた。

「おはよう」

 彼は消え入るような声で返事をした。

「なんだ? まだ美波に怒られたこと、気にしているのか」

 勇作が蒼馬の肩を叩いた。

「虫の居所が悪い、あれの日だったんだろ」

 いつの間にかいた影雄が言った。相変わらずデリカシーがない。

「なに、悪口?」

 三人の後ろに翔子がいた。彼女の横には美波がいる。

「へへ。違いまーす」

 影雄は逃げ去った。

「あ、あの」

 蒼馬が美波に声をかけると、

「おうちに呼んでくれてありがとう。楽しかった」

 彼女はにこりと笑い、昇降口に行った。

 蒼馬はあからさまに悲しそうな顔をする。尻尾もしょんぼりしていた。

「この前の美波のことなんだけど」

 翔子がフォローする。

「あの子、小さい頃、喘息だったからアレルギーとかそういうことに敏感なんだ。だから、つい、怒ったんだと思う」

 翔子の説明に、

「なるほど」

 蒼馬は腑に落ちた。

「そういうわけだから、嫌ってはいないと思うよ」


 昼休み。

 蒼馬はこっそりと美波と翔子の様子を伺っていた。彼女たちは中庭で昼食を食べている。

「あのさ、白鳥蒼馬のことだけど」

 翔子が言った。実は蒼馬が見ていることに気づいていた。尻尾がちらりと確認できたからだ。

「うん」

「悪気があって、人参を勇作に強要したわけじゃないと思うんだ」

「そうなの?」

 美波は首を捻った。

「多分、勇作に食べ物の好き嫌いをなくしてほしかったんじゃないかな」

「意地悪じゃなかった?」

「そうだよ。美波が感情的になるのはわかるけどさ。喘息もちだったから、アレルギーのことに敏感だろうし……」

 翔子の言葉を聞いて、美波は虚を突かれた顔をしていた。

「どういうこと?」

「えっ。美波は、勇作が人参アレルギーの可能性があると思って、怒ったんじゃないの?」

 美波は、

「違うよ」

 と首を振った。

「じゃあ、なんで怒ったの?」

 翔子が聞いた刹那、

「きゃあ」

 唐突に女子生徒の悲鳴が聞こえてきた。

「何?」

 二人が声の出処に駆けつけると、

「あ、あれ」

 女子生徒が理科室の中を指差していた。

 そこには、勇作が倒れていた。口から泡を吹いている。

「どうした」

 オモセンが現れた。少女たちの視線の先にあるものを見て、中に入った。

「ダメだ。死んでいる」

 呼吸と脈を確認した後、オモセンが言った。

「君たち」

「はい」

「関係者を呼んでくれないか」

「関係者……?」


 蒼馬、美波、翔子、健太、影雄の四人が理科室に集められた。

「現場を見る限り、犯人はこの中にいるようだ」

 おもむろにオモセンが言った。

「どういうことですか、先生」

 美波が言った。

「いや、というか、本当に死んでいるなら警察を呼べよ」

 影雄は提言したが、オモセンは無視した。

「アリバイを知りたい。悲鳴が聞こえた時、みんなは何していた?」

「いや、話聞けよ。オモセン」

「私は翔子ちゃんといました」

 美波がアリバイを答えた。

「悲鳴が聞こえた時って、発見時であって、犯行時ではないのでは?」

 翔子が疑問を呈した。この茶番劇に付き合うようだ。

「いや、その直前まで、女子生徒が生きている東勇作くんを目撃しているんだ。彼が理科室に入室して数分後に物音が聞こえ、不審に思った生徒が倒れた彼を発見したというわけだ」

「だから、警察呼べって」

 なおも影雄は嘴を挟んだが、これもオモセンは無視する。

「というわけで、アリバイ確認だ。彼が理科室に入って倒れるまで正午から5分間、君たちはどこで何をしていた?」

 オモセンは健太を見た。

「僕は愛しの後藤梨花ちゃんと通話していました」

「どれくらい?」

「先生に呼ばれるまでずっと」

「ふむ。君はどうだ?」

 先生は影雄に聞いた。

「俺はクラスメイトと昼飯。ってか、事件なら警察呼べよ」

「ありがとう。君は?」

 次は蒼馬に聞いた。

「僕は……」

 蒼馬はちらりと美波を見た。

「中庭の近くにいました」

「ふむ。なるほど。犯人はわかったよ」

 オモセンは勿体ぶって言った。

「あのー、もう、死体役、やめていいですか?」

 勇作が立ちあがる。

「待ちたまえ! 今から私の華麗な推理が」

 オモセンは慌てて制した。

「あ、そうだ。俺、カレー食べている途中だった」

 影雄は理科室を出て行った。

「馬鹿馬鹿しい。私たちも行こう」

 翔子は美波の手を引っ張った。


 美波、翔子、勇作、蒼馬の四人は中庭に戻った。

「結局、あれ、なんだったわけ?」

 翔子が勇作に聞いた。

「なんか、オモセンが蒼馬の落ち込みに気づいてね。一計を案じてくれたわけ」

「あのくそつまんないコントで、どうやって悩み解決するのよ」

 翔子は苦笑した。

「あの、その、二人ともすまなかった」

 蒼馬が頭を下げて謝罪した。

「俺は気にしてないけどな。人参スープ。うまかったし」

 勇作は彼の毛並みを撫でた。

「私のほうこそ、かっとなってしまってごめんなさい」

 殊勝に美波が言った。

「しっかし、美波は優しいよな。俺が人参アレルギーだと思ったんだろ? 俺は人参が単純に嫌いなだけでアレルギーとかではないんだよ」

「アレルギー? なんのこと?」

 翔子は不思議そうに首を傾げた。

「え、だから、怒ったんじゃないの?」

 勇作の返しに、翔子は笑った。

「違うよ。勇作くんが人参に似ているから、そんな人に人参スープを飲ませるのは酷いと思ったから怒ったんだよ」

 意外な回答に、翔子と勇作は唖然とした。不思議ちゃん、ここに極まり。

「ハハハ。なーんだ! そんなことだったのか。安心してくれ、美波ちゃん! 僕は馬肉を食べられるから、勇作くんも同じさ!」

 蒼馬は豪快に笑った。

「いや、そういう問題じゃないだろ」

 翔子がツッコミを入れた。

「というか、美波も失礼な奴じゃねーか」

 キャロットくんが言った。

「今後ともよろしく。美波ちゃん」

 蒼馬は一輪のバラを差し出した。美波は受け取る。

「とりあえず、仲直りできた(?)から、めでたしめでたし、かな」

 翔子が締めくくると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

「ああ。俺の昼飯食べる時間がなくなった! 時間返してくれ!」

 βカロテンくんが叫んだ。

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