白鳥家

 美波、翔子、勇作、健太、影雄の五人は白鳥蒼馬の豪邸に招待されていた。

「ふぁー、すっげー」

 外観を見て、勇作が感嘆の声をあげた。Tシャツにジーンズというラフな格好だ。

「大きいな」

 健太が言った。彼は秋葉原にいそうな黒ずくめの服装だ。

「え、俺の股間のこと?」

 影雄は自分の下半身を見つめた。こちらはパンクなファッションスタイルだ。

「下品な言葉をやめなさい」

 翔子が注意した。オフホワイトのシャツに深緑のスカート、地味めで主張しすぎない服装にしている。

「素敵なおうちね。本当」

 美波はベージュのロングワンピースに白のカーディガンを羽織っている。

「ようこそ」

 蒼馬が迎えた。彼の上半身はカジュアルスーツを着こなしていた。下半身はいつも通り馬だ。

 少年少女たちは連れ立って中に入った。門から豪邸まで約10メートルは真っすぐな道が続いており、横には芝生や池が広がっていた。

 少年たちはせわしなくきょろきょろと見ていた。

 豪邸前に着くと、傍にいた執事らしき中年男がドアを開けた。

「いらっしゃいませ」

 ゴシック様式の邸内は広く、天井には豪奢なシャンデリアがかかっていた。二階に続く階段は二手に分かれており、中央の踊り場で接続されていた。

「ランチまで時間があるから、見てまわる?」

 蒼馬が聞くと、五人は頷いた。


 蒼馬は外にでると、豪邸の裏側に回った。

「いや、豪邸の中を見ないのかよ」

 勇作が言った。

「その前に会わせたいんだ。ちょっと、みんな来てくれ」

 蒼馬は不敵に笑った。

 裏には小屋があり、中に入ると馬が一頭いた。

「うちの兄だ」

 蒼馬が紹介すると、馬はぶるると鳴いた。

「あ、よろしくお願いします。蒼馬くんのクラスメイトです」

 美波が頭を下げた。他の四人も倣う。

 蒼馬は口を押えて笑っていた。

「騙しただろ!」

 翔子が突っ込んだ。

「バレた? 冗談だよ。馬の兄弟はいない。人間の兄弟もいない」

 蒼馬が豪快に笑った。

「どうせなら、本当の家族を紹介しろよ」

 影雄が言った。


「蒼馬の母の白鳥真理しらとりまりです」

 邸内のリビングで、中年女がお辞儀をした。プラダのスーツに、耳にはパールイヤリングをしている。ケンタウロスではなく人間だ。

「あのお、お聞きしたいんですが」

 翔子が恐る恐る尋ねる。

「昔、歌手をしていたって、本当でしょうか?」

「はい。そうですよ」

 白鳥母はにこやかに笑った。

「落武者マーリンという芸名で活動していましたわ。Wikipediaで調べてみて」

「凄い名前だな」

 影雄がぽつりと呟いた。

「ちなみに、どういう曲を歌っていたんですか?」

 翔子が聞くと、白鳥母はソファーにあったクッションを持ってきた。

「鳴かぬなら!♪ 〇してしまえ!♪ ホットケーキ!♪」

 クッションを何度も殴りながら激しく歌った。

「という感じのロックな曲ですわ」

 五人は唖然と見ていた。

「あれ、でも、ちょっと待って。おかしくない」

 影雄が疑義を挟んだ。

「なんだい」

「以前、白鳥は『日本とイギリスのハーフ』って言っていなかった?」

「そうだよ」

「お父さんもお母さんも日本人じゃん」

 彼の疑問に、蒼馬の代わりに母が言う。

「私はイギリス出身で、日本人の父とイギリス人の母がいるの。つまり、蒼馬の祖父母ね。だから、息子の発言は間違ってはいないわ」

「なんだ。厳密にはクォーターじゃないか」

 影雄の発言に、

「母はイギリス出生だから、嘘は言っていない」

 蒼馬は憮然とした。

「え、じゃあ、その金髪は染めているの?」

 翔子の問いに、彼は首を振った。

「これは正真正銘の金髪さ。隔世遺伝だと思うよ」

「ちょっと待って」

 今度は勇作がくちばしを挟む。

「じゃあ、ケンタウロスなのも隔世遺伝? 祖父母の誰かが馬とか」

 勇作の発言に、蒼馬は肩を竦め、

「そんなはずないだろ」

 否定した。

「それについては、私が説明するわ」

 白鳥母が言った。


「これこれ」

 白鳥真理はアルバムをテーブルの上に置いた。全員が覗き込む。

「蒼馬の小さい時の写真よ」

 そこには3~5歳の幼児が写っていた。下半身は人間の形をしていた。

「どういうこと? 昔はちゃんとした人間だったってこと?」

 翔子は混乱していた。

「その通りだ。産まれてから幼児までは人間だったよ」

 蒼馬が答えた。

「じゃあ、いつから、そんな姿に?」

「五歳からだ」

「病気か何かなの?」

 美波が聞いた。

「とある本に書いてあった悪魔を呼び出して、この姿に変えられてしまった」

 一同はあんぐりと口を開けた。

「えっと、あの可愛いキャラクタの――」

 美波がボケると、

「それはリラックマ」

 翔子がツッコミを入れた。

「悪魔と、ついうっかり、約束したら、ケンタウロスになっちゃった(はーと)」

 蒼馬は舌をペロリと出して、ウィンクした。


 ランチの時間になり、執事の案内で食堂に行った。

「うっほー。うまそう」

 勇作が席に着こうとした時、

「ダメだ」

 蒼馬が止める。

「人参を食べられない者は座れないし、食事できない」

「えっ。それ、俺は無理じゃん」

 勇作はゲンナリした。

 蒼馬がパチンと指をならすと、給仕がグラスにはいった人参スティックをもってきた。

「これは美味しい農家さんの人参だ。生で食べても甘くて美味しい」

 蒼馬はボリボリと咀嚼した。

「え、本当? 食べてみる」

 勇作以外の四人は手に取った。

「本当だ」

「なにこれ美味しい」

「今まで食べた中で一番好き」

 四人は絶賛しながら食した。勇作は悔しそうな顔で見つめていた。

「ぐぬぬ」

「まあまあ、このコーンスープでも飲んで」

 蒼馬は器に入ったスープを彼に渡した。

「お、これ、うまいな」

 一口飲み、勇作は褒めた。

「克服したじゃないか」

「え、なにが」

「それ、人参スープだよ」

 蒼馬がふふっと笑うと、突然美波が般若顔になった。

「ちょっと! 蒼馬くん」

「え、なんですか」

「相手に嘘ついて飲ませるのよくないよ!アレルギーだったらどうするの!」

 蒼馬はたじろいだ。今まで見たことのない美波だ。

「ごめん。私帰るね。翔子ちゃん」

「あ、待ってよ」

 足早に出口に向かう美波を、翔子は慌てて追いかけた。

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