髪飾り
「あんた、盛大にふられたのに、まだやるんだね」
翔子は呆れた。登校早々、蒼馬が昇降口前で美波にアプローチをしていたのだ。
「一目惚れだからね。美波ちゃんじゃないとダメなんだ」
彼は鼻息荒く言った。
「翔子ちゃん、先に行ってるね」
美波は先に校舎に入っていった。翔子は仕方なく蒼馬を慰める。
「どんまい」
「ところで、翔子ちゃんは、美波ちゃんと昔からの友達?」
「そうだね」
翔子は頷いた。
「幼稚園も小学校も一緒だった。小学二年生の時なんて、同じ髪型や服装していて、よく間違われた」
「へえ」
「興味があるなら、お昼の時間に聞かせてやるよ。エピソード」
*
「翔子ちゃん、この髪飾りを一緒にしない?」
小さい美波が言った。小学校二年生。まだまだ子供で少し背伸びをしたい年頃だ。手には白い花のついた髪飾りを持っていた。
「うん。しよう」
小さい翔子は快諾した。
二人は幼稚園の頃から大の仲良しだ。
子供特有の艶々とした綺麗な長い黒髪、楚々とした少しお姉さんっぽい服装、髪飾りなど、少女たちは様々なものを合わせていたため、双子と間違われるくらいだった。
ある日、美波は大切な髪飾りを失くしてしまった。
道路、公園、立ち寄ったお店など様々な場所を探したが、見つからなかった。
「どうしよう。翔子ちゃん」
美波は泣きながら翔子の家を訪ねた。翔子は何事かと思い駆け寄り、宥めると、彼女はぽつりぽつりと事情を説明してくれた。
「私が見つけてくるよ。美波」
翔子は勇ましく胸を張り、外を飛び出した。美波はぽかんと小さくなっていく背中を見ていた。
夕刻になっても翔子は帰ってこなかった。両家は大騒ぎになった。
「どうしよう」
「もしかして、誘拐」
大人たちが慌てふためいて探していると、翔子が髪も服もボロボロの状態になって帰ってきた。
「翔子! どこに行っていたんだ!」
父親が怒る声を無視して、翔子は美波に近寄った。
「これ」
薄汚れた髪飾りを差し出した。
「翔子ちゃん、ありがとう」
美波はむせび泣き、翔子に抱きついた。
「よしよし」
翔子は彼女の頭を撫でる。
「あれ」
美波が翔子の異変に気付いた。少女の髪の右側が切れていたからだ。
「これね。途中で髪の毛が引っかかって、切っちゃったんだ」
*
「それ以来、私はショートカット、美波はロングヘアってわけ」
翔子は自分の後ろ髪を触った。少年少女たちは、学校の中庭で昼食をとっていた。
「へえ。そんなことがあったんだ。美波ちゃんは、昔から可愛かったんだね。お揃いがなくて泣くなんて……」
蒼馬が感慨深げに言った。
「は、恥ずかしい」
美波は頬を染めて俯いていた。
「ってか、そこ? 私の勇姿は褒めないのかよ」
翔子は蒼馬に向かって、苦渋に満ちた表情をした。
「うん。凄いよ。偉い」
「なんか、軽いんだよな。言い方が」
翔子は口を尖らせた。
「幼稚園の時から美波ちゃんは可愛かった?」
蒼馬が聞いたので、翔子は「美波は幼稚園の――」と言いかけたところで、
「翔子ちゃん、もう昔のことはやめて」
美波に止められた。人には言いたくない過去のひとつやふたつはあるものだ。
「ご、ごめん」
翔子は謝った。雰囲気が悪くなり、気まずい空気が流れた。
「へーい。少女たち、元気?」
ぬっと現れた勇作が軽々しい口調で言った。
「あれ、もうご飯食べ終わった?」
翔子が言うと、
「購買で焼きそばパンを買い損ねた」
彼はがっくりと肩を落とした。
「ふむ。じゃあ、僕の弁当をお裾分けしよう」
蒼馬が弁当を開いた。
「お、ありがてえ。坊ちゃんだからいい弁当だろ。どれどれ」
勇作は覗き込んだ。
「人参しりしり、人参多めの肉じゃが、人参スティックって、人参ばかりじゃねえか!」
「美味しいぞ」
蒼馬はバリボリとスティックを咀嚼した。
「上半身は人間なのに、人参ばかりでいいのかよ」
勇作は疑問を呈した。
「人参が多いのはたまたまだよ。知り合いの農家さんから大量に頂いてね。うちのシェフが頑張って調理したんだ」
蒼馬はぶんぶんと尻尾を振っていた。
「あのさ、悪いが、人参はパス」
勇作は口の前でバッテンを作った。
「なにゆえ」
「苦手なんだよ、俺」
勇作が嘆息すると、
「なんだ、そんなことか。ちょっと待ちたまえ」
蒼馬はスマートフォンを操作し始めた。
「これを聞きたまえ」
ざざ、ぴー。
『あの、これ、録音できています?』
中年らしき男性の声。
『できています。人参エピソードをどうぞ』
こちらは蒼馬の声のようだ。
『あれは、私が中学三年生の時でした。受験勉強が辛くて、何もかも嫌だった時、河原まで全速力で走ったんです』
男のごくりと生唾を飲む音。
『私は疲れてしまって、のどが渇き、自動販売機で水でも購入しようと思っていたのです。しかし、水やお茶は売り切れており、一点を除いて売り切れていたんです』
『それはなんですか?』
蒼馬の促す声。
『それは……。人参ジュースだったのです! 100パーセントの人参ジュース!大変、美味しかったです』
ブツッ。
音声はそこで終わった。
「「なんだ、これ?」」
勇作と翔子は異口同音で言った。
「なにって、人参がどれだけ素晴らしいかの話ではないか」
蒼馬は心外だとばかりに眉を顰めた。
「どこがだよ! 喉が渇いているときに飲む濃い人参ジュースなんて地獄だよ!」
勇作が突っ込んだ。翔子は呆れ顔だ。
「しょうがないなぁ。それでは、これを聴きたまえ」
ちゃらんちゃちゃたーーーん。ぽこぽこぽこ。
『にんじん♪ おいしいにんじん♪ すてきな人参♪』
軽快な音楽と共に女性が歌っていた。
「どうだい、素敵だろ? 人参が好きになっただろ」
「なるか!」
勇作は大股で歩き、去っていった。
「なんでだ。素敵な音楽なのに」
蒼馬はしょんぼりした。
「ところで蒼馬くん」
美波が聞いた。
「なんだい」
「この歌手って有名な方?」
彼女は首を傾げた。
「ああ。とっても有名だよ。なんていったって、うちの母なのですから」
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