プロポーズ大作戦

「結婚してください」

 昼食時、蒼馬は懲りずに美波にプロポーズをしていた。

「え、まだ、お付き合いもしていないのに」

 美波はたじろいだ。おかずに伸ばした箸が止まった。

「相手しなくていいよ。そんな軽いプロポーズ」

 翔子はサンドウィッチを頬張っていた。卵サンドだ。

「軽くはない! 本気なんだ! 本気汁なんだ!」

「表現が汚いんだよ」

 翔子は呆れた。

「結婚を前提に付き合ってください」

 再度、蒼馬は求愛した。

「うーん」

 美波は首を捻る。

「やめろ。困っているから。しかも、まだ結婚できない年齢だし」

 翔子は忠告した。

「私、蒼馬くんのこと、まだよくわかっていないから」

 美波が困惑した顔で言うと、

「じゃあ、僕のことをもっと知ってくれ! まずは、蒼馬と呼び捨てしてくれ」

「蒼馬(ハート)」

 別の男子の声がした。翔子が振り返ると、勇作が立っていた。

「いやー、お盛んだね、蒼馬。やっぱ、馬並みってか?」

 彼は下卑た笑いをした。

「女子がいるとこで、そういう話はするもんじゃない」

 翔子はきっと勇作を睨みつけた。美波はなんのことだかわからない様子で間の抜けた顔をしていた。

「へいへい。おー、こわ」

 勇作はわざとらしく両腕を擦った。

「面白そうな話をしているじゃないか」

 眼鏡をかけた中年男性が現れた。現代文を担当している表誠一郎だ。

「あ、オモセン」

 彼は生徒たちの間で「オモセン」という綽名で呼ばれている。

「下ネタが面白いのですか?」

 翔子が軽蔑した目で見た。

「いや、違う違う。プロポーズだよ。青春だなあ」

 オモセンは恵比寿顔で言った。

「僕は本気です!」

 蒼馬は前足を高く上げて、勇ましく言った。

「そうだ!」

 オモセンは思いついた。翔子は嫌な予感がした。

「全校生徒で、プロポーズ大作戦をやろうではないか! 早速、校長たちと話し合ってみよう」


 午後の授業は中止になり、生徒たちは体育館に集められた。

「えー。突然の集会になってすまない。実は、表先生が面白いイベントを思いついてね」

 壇上でマイクを持った校長が言う。

「急遽集まってもらったというわけだ。あとの説明は表先生よろしく」

 校長からマイクを受け取り、オモセンは「ごほん」と咳払いした。

「これからみなさんには、ころs……違った。好きな相手にプロポーズをしてもらいます」

 生徒たちはざわついた。

「お静かに。――プロポーズといっても、意中の相手がいない場合は参加しなくていいです。どうしても気持ちを伝えたい相手がいる生徒は前にでて、この壇上で告白してください。できれば、ちょっとしたスピーチがあると良い」

 どこからか、校長がドラを持ってきていた。

「それでは、開始!」

 ゴオーンとドラが鳴った。


 10分ほど、生徒たちは、

「お前行けよ」「いや、お前が」

「君はどう」「女の子にそれいう?」

 お互い押しつけるばかりで誰も前に出ようとしなかった。

「あれ、蒼馬は?」

 勇作は白鳥の姿がないことに気づいた。

「さあ」

 影雄は肩を竦めた。

「君たち」

 業を煮やしたオモセンが言った。

「これは授業の一環です。スピーチや面接のアピールなどの練習になるのだからね」

 それでも生徒は前に出てこなかった。

「しょうがない。みなさんの成績を下げます」

 オモセンの言葉に、「職権乱用だ!」「酷い」という非難が飛んできた。

「あ、僕やります」

 健太が壇上前に出てきた。

「お、どうぞ」

「あの、ひとついいですか?」

 健太はオモセンに聞いた。

「なんだ」

「ここにいない相手で、電話でもよいですか?」

「なんだ、そんなことか。全然よい」

 健太は壇上にあがり、スマートフォンを取り出した。連絡帳をタップし、電話をかける。オモセンはマイクを健太の口元に近づけていた。

 電話の呼び出し音が鳴る。

「もしもし」

 どうやら、相手が出たようだ。

「お久しぶりです。中健太です」

 彼は電話にも関わらず、ぺこぺことお辞儀した。

「実は、突然こんなこと言ってびっくりするかもしれませんが……」

 健太はスマートフォンを高くあげ、

「好きです。僕と結婚を前提に付き合ってください!」

 声を張り上げて言った。

 体育館はシインと静まり、全員が固唾をのんで見守っていた。オモセンはマイクをスマートフォンに宛てた。

「はい。よろしくお願いします」

 女子の快諾の声が響いた。体育館はどっと沸き、万雷の拍手が起きた。

「やったな。中くん」

 オモセンが健太をインタビューする。

「ちなみに、差し支えなければ、相手のお名前教えてくれる?」

「後藤梨花さんです」

 健太は快活に答えた。

「げ、あのゴリラ女かよ」

 影雄はこっそりと毒づいていた。


 健太の告白をきっかけに、次々と前に進み出て、プロポーズをする生徒が現れた。中には女子生徒もいたが、相手は教師だったので「生徒とは付き合えない」とあえなく玉砕していた。

「そういえば、白鳥いないね」

 翔子が美波に耳打ちした。

「うん。どうしたんだろ」

 美波が首を傾げた刹那、武士の恰好をした男たちが体育館になだれ込んできた。

「なんだ」「どうした」

 教師も生徒も混乱している中、武士は美波を見つけると、腕をとって「こっちにこい」と言った。

「へへへ。上玉の娘じゃないか」

 武士の一人が舌なめずりしていると、デデデーンデーンデーンデーンという音楽が体育館のスピーカーから流れた。

「あれ、この曲、なんだっけ」

「暴〇ん坊将軍?」

 生徒たちが不思議そうにあたりを見回していると、体育館のシャトルドアが開いた。

 パカラパカラパカラと蹄の音が鳴る。体育館に白鳥蒼馬が入ってきた。

「おお」

 一同が驚いた。蒼馬は上半身に紋付き袴を着ており、頭はちょんまげのカツラを被っていた。

 蒼馬は腰に差していた模造刀をだし、カキンカキンと武士たちと見事な殺陣を披露した。生徒たちは「おー」と拍手をし、教師たちは困惑していた。

 武士たちが全員倒れると、美波に颯爽と近寄り、

「大丈夫かい」

 と手を取った。

 すると、次は軽快な音楽が聞こえてきた。

「あれ、これは」

「マ〇ケンサ〇バだ」

 蒼馬は袴を脱ぐと、その下はギラギラの衣装を着ていた。彼は壇上にあがり、歌い踊る。いつのまにか腰元の恰好をした女性ダンサーもいた。

 体育館は最高潮のボルテージになった。生徒は興奮している。教師は一緒に踊る者もいるが、慌てふためく教師ばかりだった。

 ジャーン。曲が終わった。

「結婚を前提にお付き合いしてください」

 蒼馬が叫んだ。会場は一瞬で森閑となった。

 美波に全員の視線が集まった。

「ごめんなさい。無理です」

 美波は頭を下げて、拒否した。

「え、なんで」

 蒼馬は愕然とした。

「私、フラッシュモブとか、そういう系統が苦手なの」

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