第4話 捜索

「さて」


 船は着陸したときとまったく同じ状態で、王である俺の帰還を待っていた。船の出入り口にあたるエアロックを開き、後ろを振り向く。ようやく俺に追いついたブルームが安心したように一息つく。


『これは何ですか?』


「俺の船だ。こいつで空から仲間を探そうって魂胆さ」


 『ぷすー』と翻訳できない感嘆を漏らす。エアロックに入ると、ブルームもそれに続く。彼は飛び跳ねるように移動するから、天井の低い船内で頭をぶつけないだろうか。いや、そもそも彼は船内で活動できるのか?


 船は当然人間に最適化された温度、湿度、重力に空気の組成を提供している。俺はリキッド目当てに宇宙服を着たまま、船内で生活していたが、一般的には船内着を着用するし、実際この船にも用意されている。


「君が生存に必要な条件を知りたい」


 ブルームに質問する。


『分からない。我々はこの星で生存してきただけ』


「はぁ、困ったな」


 普通に考えれば、人間の生存環境とは大きく異なるこの星で生まれ育ったブルームが船内で平気だとは思えない。と、そこで名案が浮かんだ。


「君はこのエアロック内にいればいいんだ」


 俺が船内へ移動した後、エアロックにこの星の大気を充満させた状態で彼に乗り込んでもらう。重力は発生装置のパラメータをいじれば簡単に調節可能だ。さっそく、俺は作業を開始した。


 初めに、俺だけがエアロックに入る。エアロック内に充満するこの星の大気を排出し、人間用の空気を注入する。内扉を開いて、船内に移動する。内扉を閉じてから、遠隔でエアロックの外扉を開いて、ブルームを招待する。大気の入れ替えは行わずにそのままだ。


『ハロー。調子はどうだい?』


「磁界の揺らぎが少なくて、混乱する。しかし、すぐに慣れると思う。」


 エアロック内に備え付けられているスピーカーを通して会話する。おそらく、彼はこれほど狭い空間に閉じ込められるのは初めてだろう。加えて、船は有害な放射線を遮断するための素材が使われている。彼らは電磁波を感受するため、人間で言えば暗室にいるようなものだ。少し悪い気もしつつ、船を発進させる。


 星間飛行を目的とした船ではあるが、着陸用の逆噴射システムを応用することで、大気圏内の飛行も可能だ。高高度には粉塵が滞留しているため、それよりも低い高度で停止する。


 ちなみに、この惑星全体を覆う粉塵も、ファイアが巻き上げた砂煙の影響なんだそうだ。かつての空は澄みきっており、おかげで彼らは言葉を授かることが出来た。静電気を帯びた粉塵は宇宙からの電磁波を妨げ、ブルームたちが空の声を聞くことはもう叶わない。


「だだっ広い荒野が続いてる。この星は本当に何もないな」


 俺は、船外に取り付けられたカメラから入ってくる情報を口頭でブルームに伝えた。


『かつては我々の豊かなうたが……』


「すまん、すまん。そんなつもりで言ったんじゃないんだ」


 ブルームは案外、自虐的な性格をしているらしい。


 慣れない手動操作で船を地上と水平に移動させる。干上がった大河のようなファイアの痕跡を発見する。遠くの方に砂の竜巻も見える。


「もし、君みたいなやつが生き残っていたなら、どのあたりにいるだろう」


『<翻訳不能ファイア>の近くにはいないだろう』


「OK」


 ブルームのアドバイスに従って、ファイアから離れた位置を捜索する。しかし、一般的な居住可能惑星と同程度の大きさであるこの星の全領域を目視で確認するのは現実的ではない。


「なにか、いい方法はねえか?」


『磁界の揺らぎがあれば、分かるかもしれない』


「となると……」


 彼が電磁波を感知するためには、エアロックの外扉を開けるしかない。しかし、航行中のエアロックの解放は当然、落下の危険がある。


「そこにあるベルトを装着は…… できねえか」


『どういうことですか?』


 ベルトを付けて体を固定するという考えがそもそもないのだろう。仕方がない。彼らは広大な砂漠をぺったんぺったんと自由気ままに生きてきたのだ。


「よーし。今から、エアロックを解放するが、くれぐれも落ちないように気を付けてくれよ」


 船は自動で水平を保っている。ブルームが注意を払ってさえいれば問題ないはずだ。俺は深呼吸をしてから、エアロックの外扉の解放を命じる。警告メッセージは無視する。


 すると、内扉の向こう側からガコンという衝撃音が聞こえた。


「おい! 何があった?」


 俺は焦って呼びかける。しかし、一向に返事がない。口の中が渇いてきて、背筋を冷や汗が伝う。ヘルメットは心拍数が急上昇した旨を伝えていた。


「聞こえていたら、返事をするんだ!」


『ぷひゅー』


 聞き覚えのある彼の声がして、俺はほっと息をついて椅子に倒れこんだ。


「心配するじゃないか」


『これほど高いところに来たのは初めてだった。ごめんなさい』


 エアロックが解放され磁界の揺らぎを感受した途端に自らのいる場所を把握したのだろう。彼は驚きのあまり飛び跳ね、エアロックの天井に頭をぶつけて、しばらくの間戦々恐々としていたのだ。


「こちらこそすまなかった」


『大丈夫。もう慣れた』


 そう言いつつ、彼の発する空気の振動はいつもより震えが大きかった。すっかり、俺もブルーム語を理解しつつあるようだ。


「どうだ? 地上の様子は分かるか?」


『すごい。大地の様子をこんなに広く感じられたのは初めて』


「そりゃ、良かった」


 ブルームの感覚器官は船に搭載されているセンサよりも高性能だった。ファイアの現在地やブルームの亡骸の位置を正確に言い当てることが出来たのだ。そして、惑星を半周ほど移動し、どことなく諦観が漂い始めた頃、ブルームが声を上げた。

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