第3話 大地は広く、我々は小さい
「なんて言えばいいか。俺はこの星を調査しに来たんだ」
『?』
言語構造は理解できても、その言葉が指し示す概念を理解しているとは限らない。しかし、彼らの持つ語彙と人間の持つ語彙の違いをどうやって判断するのか。
「俺は空から来た。君とは違う種類の生物。OK?」
通じないと思いつつ、身振り手振りを交えて話す。彼らは手足がないようだから、ボディランゲージという概念すら有していないだろう。
『信じられない。あなたが空?』
「うーん、ちょっと違うけど」
『我々はあなたから授かった言葉を使っている。だから、あなたは我々の言葉を知っているのですか?』
言葉を授かった?
その意味を理解しかねていると、ヘルメットが口を挟んできた。
『今から、およそ一世紀前に“新たなるゴールデンレコード計画”が行われました。人類は宇宙共通語の基本構造を示す情報をフロンティア外の星系へ発信しました。』
「ほぉ、なるほどね。そういうことか」
未知の言語であるはずの彼の言葉を翻訳できたのも、構造が宇宙共通語のそれだったからなのか。
「OK。俺が空だ。言葉を授けたのも俺だ」
『なんと』
俺は人類の代表者として振る舞うことにした。未知なる生物とのファーストコンタクトな訳だから、ゴールデンなんとか計画を俺の手柄にしたところで誰も責めない。
「ところで、君のお仲間はどこにいるのかな? どこかに集落でもあるのか?」
『我々はもうほとんど残っていない。これはかつて我々だったもの』
ブルームはぐったりと動かない黒光りするそれにそっと体を寄せた。
「そこにいる黒いやつと君との関係性を知りたい。同胞と言っていたが、姿かたちは随分違うように見える。」
『長い長い時を経て、我々は変容した』
「ほう」
それから、俺は異文化コミュニケーション特有の意味のすれ違いを繰り返しながら、少しずつブルームの歴史を知っていった。
ブルームたちは、彼らが『磁界の揺らぎ』と呼ぶ感覚を有しているらしい。話す内容から推察するに、おそらく電磁波を感覚器官として用いる彼ら固有の感覚なのだろう。
ある時、彼らは人類が深宇宙にばらまいた“新たなるゴールデンレコード”とやらの電波を受信した。言語体系の成立はブルームたちに、急速に知性と社会性を芽生えさせた。彼らは言葉を与えてくれた空を崇め、その意思を示し続けた。
『我々は空と融和するための美しい
ブルームはそう言った。来る日も来る日も、彼らは創造主たる空を敬い、融和を夢見ていた。
そんな平和なこの惑星に、突如それは現れた。話の流れからして、それが例の巨大生物であることは明らかだったが、ブルームたちがあの生物を何と呼称しているのかは翻訳できなかった。俺の耳には「ファイア」という風に聞こえたので便宜上そう呼称する。当然、本来の意味は違うのだろうが、ファイアは文字通り彼らの営みを燃やし尽くしてしまった。
ブルーム曰く、ファイアからはとてつもない強度の電磁波が発生しているそうだ。遥か遠くから人類が放った残響すら鮮明に聞き取ってしまうほど鋭敏な彼らの感覚器官は、ファイアの発する強大なエネルギーのせいで狂ってしまった。
右も左も分からなくなったブルームたちは、ただひたすらにファイアを追いかけ始めた。しかし、彼らの体は移動に適した構造ではなかったため、到底追いつけるはずがなかった。
彼らは次第に高速での移動を目的とした進化を始めた。風の抵抗を減らすために丸っこい体は流線形へと変貌した。豊かな深緑色をしていた体色は、光を効率的に吸収するため黒くなり、強い衝撃にも耐えられるよう硬いゴムのような体組織へと変化した。そして、体の頂点にある吸引孔から下部の排出孔へ向けて、常に空気を送り込むホバークラフトのような移動方法をとるようになった。その代償に、彼らは言葉と
『あなたは我々の
「そうだな。偶然だ。君たちが何をしていようが、きっと俺はここへ来ただろう」
ブルームは少しの間、沈黙した。ファイアがどこから、どのようにしてこの星に現れたのかは分からない。長い間、地中に眠っていた可能性もあるし、宇宙から降ってきた可能性もある。俺は、ファイアがブルームたちの
『我々の
「俺もぜひ聞いてみたかったよ。君一人じゃあダメなのか?」
『それでは意味がありません』
「そうかい」
仲間たちが次々と姿を変え、声を失い、彼方の大地へ去っていく中、このブルームだけはファイアの誘惑に負けなかった。彼はぺったんぺったんとひどく効率の悪い歩き方で、かつての同胞の亡骸を巡っている。
ブルームたちは本来、無限に近い寿命を有している。しかし、変貌した彼らは命の上限を超えたエネルギーの放出のせいでいずれ力尽きてしまう。彼らはこれまで築いてきた豊かな精神を捨て、その結果として死を手に入れたのだ。ファイアに追いついた個体はいまだ一人も存在しない、というのがブルームの見解だ。
『我々は<
ブルームたちに訪れた悲劇は、彼らの持つ感覚器官の暴走のせいであって、自罰的になる必要はないと思った。いわば、どうしようもない事故だったのだ。
「仕方がないさ。君たちが愚かだったからこうなった訳じゃない」
『そうだろうか?』
ブルームはぽつねんと佇んでいる。人間でいうところの感情を彼が有しているのかは定かではない。しかし、俺は彼の纏っている悲哀を感じとった。
彼に寿命はない。つまり、変容したブルームたちが一人残らず力尽きるその日まで、そしてその後も、彼はこの星で生き続けるのだ。広大で赤茶けた砂漠と煤けた空と、ひたすら星の表面を走り続けるファイアと共に。
「ファイアに魅入られなかった個体は君だけなのか?」
『分からない。大地は広く、我々は小さい』
「一緒に探してみないか? 俺は空から来たから、空へ戻ることもできる。つまり、上空から探せばいいのさ」
船の業務外の使用は規則で禁止されていたが、知ったことか。
『そんなことができるのですか?』
「もちろん、俺は人間サマだからな」
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