第一章 最終話
水樹と理人と陽希は、翔の両手を後ろ手に縛って、警察の到着を待ち、身柄を引き渡して事務所に戻った。其処から数日後、警察から連絡があった。翔は取り調べを受けているそうだ。部外者である水樹たち探偵には、中途半端那情報しか与えられないが、もう答えは全て分かっている。
水樹は、「探偵社アネモネ」に戻るなり、理人と陽希とテーブルを挟んで向かい合い、推理を披露した。
「ルイ・ナカムラの全ての行動に意味はあったのでしょうね」
理人が、アプフェルショーレを飲みながら呟いた。水樹は頷いた。心理的な意味はすべてにおいてあったのだろう。
ルイ・ナカムラの事件について、事の顛末はこうだ。
ルイ・ナカムラは、翔と美夜古、他の学友と一緒に、かつて勝彦の別荘に行っていた。美夜古は勝彦から性被害を受けており、翔とルイ・ナカムラはその事実を目撃していた。
美夜古は精神を病んだ。ルイ・ナカムラと翔は、先生のとんでもない犯行を、ずっと言えずにいた。翔の家は、美夜古の精神の治療のために金を必要とするようになった。勝彦は、優秀であった翔を励まして、金銭的に支えていたという。その流れで秘書にまでなったのだ。
翔への口封じの意味もあっただろう。しかし、実際、翔がその思惑に気づいたところで、逃げようもなく、他にどうしようもない。
警察が言うには、勝彦の別荘から見つかった猟銃からは、勝彦の指紋と、ルイ・ナカムラの足の指紋が出て来たらしい。
やはり、複数ある猟銃のうち一丁のみ埃が少なかったことから、およそ予測はついていたが、その猟銃がルイ・ナカムラの命を奪った凶器だったのだ。エントランスに蜘蛛の巣が張っていなかったことからも、やはり、ルイ・ナカムラが自ら此処へ来て、猟銃を奪い、勝彦が殺害したと見せかけて自殺したのだろう。
猟銃に勝彦の指紋が付いているのは当たり前だ。勝彦の持ち物なのだから。しかし、勝彦がルイ・ナカムラ殺害の犯人である、と決定づけることもできる。ルイ・ナカムラは、だからこそ、わざわざ鍵を緩くなるほど壊してまで、勝彦の猟銃を自殺の道具に選んだのだ。そして、自分にその銃口を向けて、足で引き金を引いた。
翔は、事前にこの計画を聞かされていた。それも水樹の予測通りだ。そうでなければ、猟銃が勝彦の家に戻っているはずがない。
ルイ・ナカムラは、罪の意識に耐えられず、沈黙を破ろうとした。自分が死ぬことで世間に勝彦の問題行動を訴えようとしていた。だが、ただ単に公表したところで、もはや何の証拠もない。
ルイ・ナカムラが死に、体には銃創、其処に猟銃が落ちていて、その猟銃に勝彦の指紋がある――誰だって勝彦が犯人と考えるだろう。勝彦が捕まれば、動機である美夜古への性被害、自分が目撃した全てが、正しく白日のもとに晒されると考えた。
翔は、ルイ・ナカムラに余計なことをされたくなかった。自分だって好きで勝彦に従っていたわけではないが、ここで美夜古への性被害が世間に公表されても、美夜古の心は治らないし、自分の食い扶持がなくなるのだ。だから、ルイ・ナカムラが自殺を遂げたその現場にいち早く赴き、猟銃を回収して、勝彦の別荘に戻した。
「まぁ、何事においても大切なのは、自分の考えが正しいと思わないことでしょう」
ルイ・ナカムラは、自分の行動を少なくとも正義と思ったかもしれないが、翔は、同じ行動を、逃げたと考えたそうだ。
目撃するのだって辛かった「あの光景」から、ルイ・ナカムラは、自分だけが逃げた。
「山田勝彦の性加害は確かに、明るみに出ました。当然、非難の嵐です。しかし、翔さんも、『妹の性被害を隠して政治家にゴマをすった酷い兄』として、一部に叩かれている。翔さんが望んだのはそんなことじゃなくて、ただその日のことを、話したかったのかもしれませんね。何度でも、聞いて欲しかった。隠してきたのにも理由がある、誰かに受け入れて欲しかった、励まし合いたかった。だけれど、翔さんは、もう誰にも受け入れてもらえない。同じ被害を負った、ルイ・ナカムラが死んだから。そして、妹の美夜古さんは今も入院中です」
其処まで言い終えた水樹が、喋りすぎて乾いた喉を潤すために、イカ墨サイダーを飲む間に、理人はこうつぶやいた。
「人の物事への感じ方はそれぞれ。美夜古さんは過去から立ち直れないかもしれない。翔さんは一生、ルイ・ナカムラさんや、勝彦さんのことを恨みながら、生きていくのかもしれない。僕はその人生に対し、考え方を変えろ、前向きに生きろとは言えません。過去は変えられない。未来も操れない。生きていれば、また同じような事件に遭うかもしれない」
そこで一度長い睫毛を伏せ、頬に影を作った後、理人は顔を上げた。
「ですが、僕は、進もうと思います」
その言葉に、陽希は、持っていた醤油サイダーを一旦置き、理人の方へ歩み寄って背中をぽんぽんと叩いた。
「翔ちゃんにつかまった時、また理人ちゃんが苦しくなっちゃわないか心配だったんだ」
「平気でしたよ。今回は、陽希と、水樹が助けてくれましたからね」
背に来た手をそっと握り、理人は微笑む。
「水樹、陽希、本当にありがとうございました」
水樹は「僕の実力があれば当然です」と胸を張り、陽希は「これからも三人で頑張っていこうね」と笑う。
こうして、結束を更に強めた「探偵社アネモネ」には、依頼が殺到する――わけでもない。
探偵たちに未来はない 2 探偵とホットケーキ @tanteitocake
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