08:あいつは、生きてる。

 あたしはなんで、

 こんなにも必死に

 走ってるんだろう。


 ――数時間前。


「あれ、空? やっぱり空だぁ! ひっさしぶりぃ!」


 あいつが去ってからなんだか呆然としていてしばらくその場に佇んでいた。

 何なんだろ? って考えてると肩を叩くと同時に懐かしい声があたしの名前を呼んだ。


「あっ!? りこ? 久しぶりじゃん?」

 小学校も中学校も一緒だった友達のりこ。

 高校は別のところへ進んだんだけど会ったのは本当に久しぶりで中学卒業以来かも。


「う、わぁ! 空に会えてマジで嬉しいよ!」

「あたしも嬉しいよ。三月くらいだったよね。最後に会ったのって。そこからは会ってなかったもんね」

「そうそう。互いに忙しくてなかなか会えないもんねー」


 そんな訳で話したいことはいっぱいあった。

 互いにどんな風に過ごしてたかとか、新しい友達はできたかとか、学校が楽しいかとか、あとは彼氏の有無とか聞きたいことも、話したいこともたくさんあったのに私が真っ先に話したのは……あいつの――大のことだった。


「あ、もしかしてさぁ。空、その人のこと好きなんじゃない?」

「は、はい!? ん、んな訳ないって! あり得ない!」


 な、なんであんな奴!! だいたい出会ったばっかで好きとかあり得ないし!!


「だってさ、空の話をさー。ずーっと聞いてると“あいつのこと忘れられない。気になって仕方ない”みたいな感じゃん。それって絶対! 恋! 恋! 前までは全然そんなことなかったけど今の空って恋する乙女って感じするし」

「こ、恋する乙女ぇ!? ち、違うって! そんなんじゃないってば!」


 動揺するあたしを見てりこはケラケラと笑う。か、からかわれてるー!!


「ねぇねぇ、どこの誰よ? 学校とか名前くらいは聞いてんでしょ?」

「学校は知らない……同い年ってことくらいしか分かんないよ」

「じゃあ、名前は?」

「名前は……、えぇと、大って言ってた」

 名字は、何だったっけ。聞いた気もするんだけどなぁ。って、

「あ! 思い出した。確か、平坂って名字だったかな。平坂 大!」


 あいつの名前を言った瞬間、りこが固まった。


「ひ、平坂!? 平坂、大? え、ええッ!? って、え、えぇーーッ!?」


「ちょ、な、何よ?」


「あ、あのさ、その人の外見とか教えてくれる?」


 思いつくままにあいつの特徴を挙げてみた。

 それをりこが唸りながら聞いている。


「あのさ……もしかしたら、ね? そいつ知ってる奴かもしれない」

「え……? し、知ってるって……?」


 そう言って、りこは持ってた鞄の中から手帳を取りだして写真を何枚か取り出した。


「こいつ、見覚えない?」


 その写真には六人の高校生くらいの男女が写ってて、その中の一人がりこで、りこで……。


「なッ!? って、え、えぇ……!? こ、これ、大!?」

「やっぱこいつ!?」


 あたしは何度も頷いた。

 それはもう首がもげるくらい何度も。


「こいつ、同じ学校だよ。で、同じクラス」

「えぇッ!? お、同じクラスッ!?」


 いや、世間は狭いってよく聞くけどさ。

 世の中、こんな偶然ってあるんだ。


 まさか友達のりこと大が同じ学校で、それも同じクラスだったとは。

 しかも写真を見た所、皆が皆、仲が良いみたいだ。


「うん、六人でよく遊んでるからね。……あ、あー……あのさ。それで、さっきの話って、いつの話、なの? 会ったばかりって言ってたけど」

「本当につい最近の話。って言っても二週間くらいかな。初めて会ったのが」


 りこの顔色がサーッと変わる。


「あ、っえっと、……空…? 落ち着いて、落ち着いて聞いてね? こいつさ、その……二週間ちょっと前に、事故にね。遭っちゃったんだよ……」


「え、ぁ、じ、事故?」

「うん、学校帰りにさ。車に轢かれたらしくて……」


 頭の中にあいつの言葉が響いてきた。


『俺は死んでるんだって!!』


 待ってよ。あれは本当だったの?

 ふざけた冗談とかじゃなくって、

 本当に死んでたの?


 二週間前にあたしと大は会ってる。

 でも、その時には既にあいつは事故に…。


 りこはこの手の冗談を言う子じゃない。

 じゃあ、やっぱり、あいつ、幽霊だった?


「あ、勘違いしないでッ! 死んでないから! まだ生きてるんだよ? でも、ずっとね。意識が戻らないらしくて」

「危ない……状態、なの……?」

「うん……。それで、さっき友達から連絡あったんだけど、急に容態が悪化したとかでね。今から皆で病院に行くとこなんだ」

「で、でもさ、あたし、今さっきそこで大と話してたんだよ?」

「空の言うことは信じるよ。空が嘘とかつける子じゃないって知ってるから。でもね。あいつが事故に遭って今、やばいってのも本当……って、そ、空?!」


 見つけなきゃ。

 あいつを捜してちゃんと話そう。


 なんとなく分かる。


 あいつの魂はきっと病院にはいない。

 だったら、あたしがあいつを見つけて、

 とにかくちゃんと話をしないと。


 そう決めた時にはあたしは走り出していた。


 見つけたところで何ができるんだろうって思う。

 だってあたし自身がどうしたいのかも分かんないんだもん。

 それなのに何でこんなに必死になってあいつのこと捜してんだろって思う。

 ああ、でも、分からないから、その答えをはっきりさせたいから、あいつを捜してるんだろう。


 あいつが事故で入院してるなんて信じられないけど現実で。

 もしかしたら容態が悪化したのはお迎えが来た? なんて縁起でもないこと考えたりもして。


 でも、ただ一つ確かなことがある。

 あいつは、まだ生きてる。

 本人は死んでるって言ってたけど、

 あいつの身体は必死に生きてるんだ。

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