02:二度と会いませんように

「えぇと、その……あんた、誰?」

 あんた、誰? って。それはこっちの台詞だっての。

 どこであたしの名前を知ったんだか。


「はぁ!? 誰って。誰はないでしょ? 人の名前、大声で叫んでおいて」

「名前?」


 なんなの、こいつ!


「だからっ、あたしの名前っ! 今、叫んでたでしょ!?」

「あ、あのさ、俺、あんたの名前なんて叫んだ覚えないんだけど……」


 まだ言うの!? こういう礼儀をわきまえてない奴って嫌いなのよね。


「ふざけないでよ。さっき、すごくでっかい声で"空ぁあああああっ!"って叫んでたのはどこの誰よ? あんたでしょ?」


 確かにこの耳で聞いたんだから逃げも隠れもできないわよ。


「空?」


 何とぼけた声だしてんのよ。


「こんなとこで、人の名前叫ぶのやめてくれない? すっごく迷惑だから」

「あはは……、あははははっ!」

「な、何がそんなにおかしいのよ?」

 あたしの中の"こいつ失礼な奴"メーターが振り切れそうになってる。

「いや、確かにさっき叫んでたけど、別にあんたの名前呼んでたわけじゃないんだよ」


 あたし以外に誰がいるってのよ。

 周り見ても人影ひとつなし。


「……?」


 ……どうでも良いんだけどさ。


 本当に。どうでも良いんだけど。


 そいつは急に黙り込んでふっと"空"を見上げたんだけどさ。

 その何とも言えない泣き笑いにも見える表情が妙に気になった。


「あ、そうなの? ……って、」


 その表情を見たら何も言えなくなっちゃって。


 いやいやいや、惑わされるな! こいつが見上げた"空"のことを叫んでたにしても、やっぱりこいつって、


「変な奴」


 には違いないんだから。


 なんて思ってたら急に百面相し始めた。

 そして、恐る恐ると言った風にあたしを見て、


「は、話してる……?」

 とか言い始めたりするから訳わかんない。

「はい?」

 話してますけど。普通に話してますけど。


「あ、あぁっ!? あぁあああっ!!」


 っ!? び、びっくりした!!!


「な、何よ、いきなり!? 人のこと指さしてっ!?」

 何なのよ、こいつ!!

「分かった。空っ! お前、お前も俺と同類なのかっ!」

「同類?」

 今、何かものすごく失礼なことを言いませんでした?

「つ・ま・り、だ。お前も俺と同じだ。実は死んでるんだろ? 幽霊仲間なんだろ?」

 はいはい? 何か今、さらっと恐ろしいこと言ったような……?

「あの、ごめん。もう一回、言って?」

「だからさぁ、お前も死んでるんだろ? だろ?」


 な、何、こいつは何言ってんのよ!?


「どうしよう……やっぱり、やっぱり! こいつ変な奴だ……!」

「変な奴って失礼だなぁ。お前、さっきも俺のことそう言ってただろ」

 もしかしたら関わっちゃ駄目な人だったのかもしれない。

 オカルト関係の本とかを読み漁って怪しげな陰謀論とか唱えてる類の人だ。

 そういう世界の中で生きてる人なんだ。うわ、うわっ!


「し、失礼なのはどっちよ。死んでるんだろ? って、ばっかじゃないの?」

「でも、お前死んでるんだろ? そんなの見れば分かるよ」


 駄目だ、本当にこいつ駄目だ。


 とりあえず。


 逃げよう。


 うん。


 このままだと絶対にどこかの秘密結社とかに勧誘される。


「……さようなら。私は誰とも会いませんでした」


 この一言を最後にあたしは全力疾走した。


「あ、俺は大! 俺の名前は大だからな、だーいー! 忘れんなよ!」


 何か後ろで叫んでるけど何も聞こえない!

 あいつの名前なんか聞こえない聞こえない!


 二度と会いませんように!!

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