遠野 空
01:あたしを呼ぶ声
「わぁっ、雲だぁ」
わぁっ、雲だぁ、って……。
そんな毎日毎日見てるもんに"私は今、生まれて初めて雲を見ました"みたいな反応されても反応に困る。
「ね、雲だよ!」
うん、雲だねぇ。
毎日見てるよねぇ。
あ、流れてるねぇ。
風強いから速いねぇ。
あたしにはこんな反応しかできない。
「空ちゃん、雲! 綺麗だねぇ……」
「まぁ、綺麗なのは綺麗だねぇ」
我が妹ながらこのマイペースさには感心するというか呆れるというか複雑な心境になってしまう。
何ていうか、この子の将来が心配だ。
「空ちゃん、見てみてっ。速いよぉ」
「んー、何がー?」
「雲ー」
「風が強いからじゃない?」
「違うよぉ、神様がね。雲さんに息を吹きかけてるからなんだよー」
そう、神様が吹いてるからなのか……。
って、そんな話、聞いたことないっての。
いや、もしかしたらそんな童話もあったかもしれないなぁ。
けど、童話は童話。
現実に神様が雲に息を吹きかけてるなんてあり得ない。
ふと下を見ると妹の有希があたしの顔をじっと見つめている。
これは何かをねだるときの目だ。
目が合うとぱぁっと笑顔になって、
「空ちゃん、綿菓子食べたい!」
とか言い出した。
あぁ、雲と綿菓子って似てるから見てる内に食べたくなったんだろうねぇ。
「自分で買え、自分で」
「じゃあ、私が買うから空ちゃん一緒に食べてくれるー?」
「イヤ」
「っえ」
「あたし、これから塾なんだって。そんな時間ないの。分かる?」
「いじわる!」
「あぁ、もう。いじわるでいいからさっさと家に帰りなさい!」
「そ、空ちゃんっ」
「ん、そんな泣きそうな顔したって無駄」
「空ちゃんの、空ちゃんの……」
「だから無駄だって」
「空ちゃんのバカぁああっ!」
――ッ!?
あぁ、もうっ、耳が痛い……。
「ったく、耳元で大きな声なんて反則だっての……」
思わず道端に座り込んでしまうほどの高い声。
耳元で叫ばれたせいで走り去っていくのをただ見送ることしかできなかった。
……はぁ。
座り込んでると色々考えちゃうなぁ。
中学の時に必死で勉強して有名進学校に入学したのは良いけど半年も経ってないのに早くも挫折。
勉強に勉強と勉強。
勉強漬けの毎日。
塾に行ってないと学校の授業にもまともに追いつけない。
あのお気楽極楽ノー天気娘がうらやましく思える今日この頃。
っと、いけない、いけない。
こんな所で座って考え込んでたらあたし怪しい人じゃん。
塾までまだ少し時間があるし、とりあえず近くの公園で休むかぁ。
「空ぁあああああっ!!」
え? 何、今の。
前の方で、ものすごい大きな声で、あたしの名前を呼ぶ声。
男の声だから有希じゃない。
見ると、人影ひとつ。
こんな道のど真ん中で人の名前を大声で叫ぶとか何なの。
その影を睨みながらゆっくり歩いていく。
そして、思いっきり不機嫌な声で奴に言った。
「何?」
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