第4話

 狩りの翌日は調薬の講義。

 最早習慣になりつつある調薬師の店を目指す。


「おはようございます。」

 店にはいると、調薬師が迎えてくれる。

「奥に入っておいで。」

 普段は立ち入らない部屋に通される。


「今日は、よろしくお願いします。」

「よろしくね。」


 改めて、自己紹介をする。調薬師はサラと言うらしい。


「今日は炎症止めの作り方を教えるよ。」

 初級調薬師試験のために薬の作り方を教えてもらう約束だ。


「まずは、この薬草を刻んで布に包む。」

 手馴れた様子で薬草を刻み、布で包み鍋に入れる。


「で、蒸留水を入れて沸騰させずに30分煮込む。」

「煮込みの時間を使って、蜜蝋を湯煎して溶かしておく。」


 サラの説明をメモしながら質問をする。

「水は蒸留水じゃないと駄目なのか?」

「蒸留水が一番いいね。井戸水を使うと薬効が落ちるし、薬の持ちが悪くなるよ」


「蒸留水を作る設備がいるな…」

 俺がぼやくと

「蒸留水は組合で売ってるから、買ってきてもいいさ。蒸留器が無いと困るのは中級からさね。」


 30分経ち、鍋から薬草を取り出す。

「手を蒸留水で洗い、布を絞って水気を切る。そしてこの残りは広げて日当たりの良い場所に置いて乾燥させた後にすり鉢を使って粉にする。」

「その粉の使い道は?」

「そのまま粉薬になるよ。」

「煮ださずにそのまま乾燥させては駄目なのか?」

「どうも薬効が強すぎるようなんだよ。大昔はそのまま粉薬にしていたみたいなんだけど、使い方が難しかったらしいよ。使いやすくする為に色々と工夫した結果、煮だした後に粉薬にする事になったのさ。」


「で、煮だした原液を使って、塗り薬と水薬を作るよ。原液と蒸留水を1対1で割るレシピと1対2、1対3、1対4と徐々に蒸留水を増やしていくレシピの5種類さ。」

「1対5以上は無いのか?」

「昔はあったようだけど、1対5以上は薬効が薄くてほぼ効果がないと言うのが、いま現在の調薬師の共通認識さ。」

「なるほど。」

「ちなみに、1対3と1対4は医者の処方箋が無くても渡せるが、1対1と1対2は医者の処方箋が必須になるよ。」

「分かった。」


「湯煎して溶かした蜜蝋に原液を入れて混ぜる。鮮やかな緑色になったら混ぜるのを止めて固まるのを待つ。」

「結構、混ぜる必要があるな。これは力仕事だ…」

「まぁ、薬効が強い薬草程、混ぜる時間は短くなるよ。初級で作れるのはどれも力がいるね。」

「この塗り薬も処方箋無しで渡せるからね。」


 気になったので図書館で見たレシピで作った傷薬についてきいてみた。

「あれは、長持ちするんだけど、なかなか効かなくてねえ。初級調薬師が作れる傷薬が半日で治る傷が、あれだと2日かかったりするんだよ。まぁ、簡単に作れるから誰もが持ってるお守りみたいなもんさ。」

 との事。


「初級調薬師試験で使う薬草は4種。そこから作る薬は8種類くらいかね。今日教えた薬は水薬・塗り薬・粉薬で3種になるよ。」

「あと簡単な筆記試験がある。処方箋が必要な薬はどれかとか簡単な質問になるね。」

「筆記試験ですか。ポイントはここで教えてくれますよね?」

「あぁ、そのつもりだよ。」


「今日はありがとうございました。」

 調薬の講義を終わり、調薬師の店を出る。


「明日は、森に入らないといけないなぁ。」


 翌日、荷物を纏め、狩猟小屋に声をかけ森に入る。

「今回は動物を狙わず薬草を集めるのに集中しよう。動物の痕跡を見つけるだけにして、肉食獣の痕跡を見つけたら注意しなきゃだけど。」


 ここ最近のルーチンに従い、野営を始める。

「そろそろ冷え込みがきつくなってきたなぁ。テントを用意した方が良いかなぁ。」

 ローブに包まって寝るのがつらい。


「これは、ウムドの足跡かな。」

 森の奥に入ると、熊の足跡を見つけてしまった。遭遇しないと良いが…


「あぁー。目が合ったよ。」

 注意深く森を歩いていたのだが、熊と目があう。


「逃げるのは難しそうだよなぁ。ここは仕留めるしかないのか?」

 後ろ足で立たれると、俺よりでかい。

 荷物を投げ捨て、手にした棒を構え、顔に突きを入れる。


「やばっ」

 熊の引っ掻きを何とか躱すが、左腕にくらう。


 何度か熊の顔に突きを入れ、こちらも引っ掻きを躱す。

「しまった。」

 攻撃が単調になっていたせいか、突きを入れた際にウムドのカウンターをくらい棒が折れる。


「ここまで来たら、逃がしてくれないよな。」

 腰に下げていた鉈を手に熊と向き合う。


「グラァァ!!」

 ウムドもチャンスと踏んだのだろう。一気に間合いを詰め突進してくる。


「これでしまいだ。」

 両手で持った鉈をウムドの頭に下す。


「何とかなったな…」

 腕と腹からは血が流れている。腹の傷は浅いようだが、腕は動かすと痛む。

 投げ捨てた荷物を回収し、カバンの中から傷薬を出して塗り込む。


「解体したい所だけど、この状況では難しいよな。とりあえず、狩猟小屋を目指そう。」


「大丈夫か!!」

 狩猟小屋に入るとロバートが駆け寄って来る。

ウムドに遭遇して、何とか仕留める事ができたけど、ご覧のありさまさ。」

「無事で戻ってこれたから、良いとしよう。」

「解体は諦めたよ。」

「場所を教えてくれたら、これから森に入って回収してくるよ。」

 ロバートに傷の手当てを受けながら、熊をしとめた場所を伝える。

「俺たちが戻ってくるまで、休んでおけ。一応、傷口の炎症止めを塗っておいたけど、急に熱が出ることがあるかなぁ。」

「あぁ、分かった。」

 ロバートが狩猟小屋にいた猟師に声をかけ森に入る。

 指示された通り、狩猟小屋のベッドに横になり、休憩をとる。


「今回はなんとかなったけど、装備を考えないとなぁ。手甲とか胸当てとかがあれば、今回の怪我は回避できたはずだし。」


 2時間ほど横になっているとロバートが戻ってきた。

「よく一人で仕留められたな。運が良かったとしか言えないぞ。」

「あぁ。目が合った時はもう駄目かと思ったよ。」

「不意をつけて、矢で目を潰せていたらまた違ったんだろうけどな。」


 ロバートが街の入り口までついてきてくれて、街に戻る。


「今回は下手打って怪我したから、暫くは森に入るのを休むよ。」

「どれ、傷を見せてごらん。」

 調薬師に薬草を持ち込み、暫く休むことを伝えると、傷を見せるように言われる。

「狩猟小屋で手当てしてもらったから、大分傷はふさがってきてるよ。」

「そうだねぇ。まぁ、無事に帰ってきてくれてよかったよ。本当に無理はしなくていいんだからね。」

「分かったよ。俺もウムドに食われる気はないからね。」



 拠点に戻る途中、武器屋で折れた棒の代わりに鉄の棒を。防具屋で手甲と胸当てを買って帰り、ウムドとの遭遇と言う長い一日を終えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る