第15話 大阪から広島

「おはよ~」

「おはようございます先輩」

ホテルのロビーで、先輩と朝の挨拶を交わす。


学校では朝に会うことはなかったので、おはようを言い合うのは新鮮だ。


今日の莉佳のコーデは、昨日の服と似たようなスタイルのものをチョイスしていたが、色合いが異なっており、今日は水色を基調としていた。

よく見れば、今日はノースリーブではなく袖のあるタイプのワンピース。

下腹部から裾にかけてのグラデーションがきれいで、さわやかな雰囲気を醸し出していた。


それはさておき、今日の行程としては、大阪城を訪れ、中之島公園を散策し、最後に国立国際美術館を訪れる、というもの。

行く場所の数としては少ないが、帰りの新幹線の時間もあるし、お土産を物色する時間のことも考慮すれば、意外とちょうどよかったりする。


「おお~…」

「すごいねー、こんな大都会に、こんなお城と公園があるなんて」

「ですね。対比というか、対極に位置するものがこうして共存しているのを間近に見ると、なんというか、不思議な景色に思えてきます」

俺たちはそろって大阪城公園にやってきて、戦国時代に建てられ、一度落城した大阪城を前に、感嘆の声を漏らしていた。


城の背後には、大阪の中心地にそびえるビル群が顔を覗かせている。

その対照的な2種の建物が目の前に並んで立っているのがどことなく滑稽で、俺の心は羽を生やしたように軽くなった。


せっかくなので城の内部も見学し、歴史ってすげーなんていう薄っぺらい感想を抱いたところで、続いての目的地、中之島公園へ。


ここは5月や10月に咲くバラで有名だが、今は夏。

残念ながらバラの絨毯じゅうたんを見ることはできなかった。

だが、整然と整えられた園内の景色は圧巻だった。


園内には美術館もあったのだが、流石に時間的な余裕がなかったので、泣く泣く断念…


そして俺たちの旅行の最後の目的地、国立国際美術館にやって来た。

世界的にも有名な絵画が多く飾られているこの場所、美術の世界にいる人ならば一度は来てみたい美術館の一つだろう。


昨日の海遊館と同じように、事前にチケットを購入していた俺たちは、スムーズな入場が出来た。

(まぁ、そんな大行列にもなってなかったけど)


1階にはエントランスがあるのみで、作品の展示は地下で行っているとのこと。

なかなか珍しいスタイルだなと思いつつ、俺たちはエスカレーターを下った。


地下ということで、閉塞感のある空間なのかなと思ったが、そんなことはなく。

静かで、ゆったりと時間が流れていくようにさえ感じられた。


それほど混雑しておらず、俺と莉香は、思いも思いに作品を堪能することができた。


2時間足らずで展示を見終えた俺たちは、その足で美術館の地下1階にあるレストランへ。

莉香と、さっきまで見ていた作品の感想を語り合いつつ、料理に舌鼓を打つ、とても幸せな時間だった。


そして最後にミュージアムショップを訪れ、お土産を購入することになった。

莉香は、おしゃれなデザインのグラスを買っていた。

俺は美術館オリジナルのクリアファイルを何点か購入した。


そして一行は新大阪駅へ──


「いやー、大満足の旅行だったね!」

「ですね、この二日間で一生分の美術作品を見た気がします…」

「あっはは、帰ってから描くのが楽しみだね〜」


本当に楽しそうに笑う彼女。


それはそう、絵を描くことを心から愛し、楽しむ少女の横顔だった。


「じゃあ、行きますか」

「うん!」


帰りの新幹線を待つ列は、時間帯の関係か、それか方向の関係か比較的短かったので、車内に乗り込んだ俺たちは無事に2人分の座席を確保することができた。


「ラッキーだったね、東京方面から来てここで降りる人も結構いたみたいだから」

「ですね、座れることに感謝…」

座席に座ったまま手を合わせる俺を見て、また莉香は笑った。


やがて新幹線は、俺たちを乗せてゆっくりと動き出した。



「あ、そうだ。1つ聞いてみたかったんだけど」

「ん、はい。なんでしょう」

「後輩君はさ、中学の頃は部活やってたの?美術部ではかかったってのは知ってるんだけど」


中学、部活


そのワードを聞き、俺は自分の中で、冷たいものが広がるのを感じた。


「そう…ですね…中学の頃は…」


俺は言葉に詰まる。


口から出る言葉よりも、濁流のようにゴーっと迫ってくる過去の記憶の方が多く、重かった。


そしてそれらは執拗に俺の周りを付き纏い、段々と殻に閉じ込めようとしてくる。


隣では、莉香がまっすぐな瞳で見つめてくる。


普段はその瞳を美しいと感じるのだが、今だけは、この瞬間だけは、その瞳さえも恐怖を抱く対象だった。


「すみません、いろいろ話したいことがあって、広島に着くまでに終わらなそうなので、今度の部活で話しますね」

「うん、わかった。なんか、ごめんね?」

「いえ、こちらこそせっかく聞いてもらったのに、すみません」


俺は逃げた。


過去から。


莉香から。

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