第12話 じゃあこうしませんか
あの日──莉佳と昼食を共にした日から、2,3日経って。
莉佳は、部旅行に行く際に学校側に出す申請の準備がある関係で少し忙しそうにしているようだった。一応、と言っては失礼極まりないが、彼女は部長なのだ。
その大変さを身をもって感じているようだったが、満身創痍という様子は一切見せず、むしろ楽しんでいるようだった。
そしてその日莉佳は、書類とにらめっこしている最中に俺に話しかけてきた。
「ねぇ山本くーん」
「はい、なんでしょう」
俺は自分の作業を中断し、莉佳の方に意識を向ける。
「一通り書類に目を通してさ、申請書書き始めるぞーって段階なんだけどさ…」
「はい」
「この締め切り日のところ、なんて書いてあるか確認してもらってもいい…?」
「?いいですけど…」
本意は定かではないが、俺は恐る恐る彼女の手元の1枚のA4用紙に顔を寄せた。
と、そこには『必要書類締切日 7月31日15:00 厳守』ときっちり記されていた。
「7月31日の15時ってなってますけど」
「うん。それでだな後輩君。今日は何日?」
「えーっと…」
夏休み特有の、日付感覚が失われる現象を感じ、俺はポケットにしまわれたスマホを取り出そうとする。
だが、ポケットに伸ばしかけた手は途中で止まり…
「え、今日…8月…?あれ、1日でしたっけ…?」
「そうだよね!?今日ってもう8月だよね!?テレビの人も今日から8月ですよーとか言ってたし!」
「えええええ…どうするんですか…」
「どうしようねー…参ったな…」
ポンコツすぎませんか!?
とは思ったが、言わないでおく。
だって、「部旅行に行きましょう」とか言い出しておきながら、実際の手続きは莉佳に任せっきりだったので、申し訳なさは感じていたし、実際に責任というものもあるだろう。
だから──
「じゃあこうしませんか?」
「うん?」
俺は思い切って提案してみた。
「俺と先輩が…美術部として旅行に行くんじゃなくて、その…個人でって言ったらおかしいかもしれないですけど、えっとつまり…友人?として行くっていうのは…どうでしょうか…」
消え入りそうな声だったから、莉佳に俺の言葉がきちんと届いたかどうかもわからない。
それでも、なんとか勇気を振り絞って言い切った。
「おぉ!それ、いいね。じゃあ、そうしてみよっか。それなら書類もいらないだろうし」
「は、はいっ」
(キモがられなくてよかったああああああ)
莉佳に俺の意図が伝わったこと、その上で彼女に気持ち悪いと思われなかったことに、俺は内心めちゃくちゃ安堵した。
そこからは、提出するはずだった書類のことなど忘れ、完全に個人旅行として計画を立てることになった。
そのおかげで、精神的にも時間的にもかなり余裕をもって話を進めることができた。
(ま、その点ではよかったかな。しかし、先輩からすれば多少抵抗あってもいいはずだけど…)
俺としては、莉佳が俺の申し出に対して渋る様子を見せると思っていたのだが、思いのほか快諾してくれたので、少し気がかりではあった。
(まぁそれ以外に方法はあまりなかったし、快諾してくれたのも悪い理由からっていうわけでもないだろ)
そう自分を納得させ、莉佳と旅行についての話し合いをしていたスマートフォンの電源を切った。
もう話し合いはかなり大詰め。あとは最終的な確認をするのみとなっていた。
その翌日、俺は美術室へ向かった。
すっかり恒例となっていたが、活動内容は少し異なったもので、最近は絵の作業を進めながらも口では旅行について話し合う、といった様相を呈していた。
そのため意識の半分を絵に、もう半分は旅行のことに使っていた。
それでもお互いに手を休めることは極力せずに、マルチタスクをこなしていた。
「じゃ、今日もやっていきますか」
「あー待って。今日は先に旅行の話を最後まで詰めちゃって、残りの時間は各々の作業に集中しない?その方が効率いいと思って」
「あー、それもそうですね。じゃあまず旅行の話からしましょうか」
「ありがと。それで、まとめてくれた宿泊場所の候補たちについてだけど──」
と、その日は旅行の話を20分ほど集中して行い、残りの数時間は美術部らしく(?)絵を描いた。
その日までの話し合いの結果。
俺たちは朝8時半に広島駅に集合。その後新幹線に乗り込み、一気に新大阪まで。
そして10時半頃新大阪に着くため、そこからホテルに大きな荷物を預け、必要なものだけ持って大阪観光開始。という段取りになった。
具体的には、初日に海遊館、あべのハルカス、通天閣、そして大阪市立美術館を訪れる。そして二日目に、大阪城と中之島公園、最後に国立国際美術館を訪れて終了となる。ちなみにU○Jには行かない。混んでるし、俺絶叫系苦手だし…
莉佳も行きたい様子を見せなかった辺り、彼女自身も絶叫系が苦手なのかもしれない。
無論、人混みを避けたかっただけかもしれないが。
今回のテーマは、都市・自然・生き物の3つ。それぞれのテーマで絵を描けるようにアイデアをもらって帰ってくるのだ。
そして、初日と二日目に訪れる計2つの美術館では、一流の美術館で展示される作品を間近で見て、見て…どうするんだ?
いやうん、自分の作品に生かそうとするのも大事なことだと思う。だが、抽象画や、世界的に有名な画家の描いた絵画は、絵のモチーフが俺たち高校生にとっては壮大すぎたりする時がある。それを自分の作品に生かそうとすると、なかなか難しいものがあるだろう。
だから今回は、純粋に絵を見る、鑑賞する。それに留めようと俺は決めた。
(やっぱり、何か吸収しようと思って身構えると、絵を素直に見られないなんてこともあるからな…)
前回の展覧会は身近な対象物を描いた作品しかなかったから、かなり身になった。
けれども今回の美術館見学で同じような成果が得られるとは限らない。
であれば、俺としては臨機応変に楽しみ方を変えていくまでだ!
なんか芸術家っぽい、なんて思いながら、俺は莉佳とのメッセージのやり取りに目を落とす。
そこにはしっかりと、当日のスケジュールが記されていた。
絶対に楽しい旅行にして見せる、そうひそかに誓いを立て、俺はアプリを閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます