第11話 いろいろありました

7月の最終週は、始まったばかりの夏休みがいつまでも続いていくように感じられ、全力で遊んだ。

めちゃくちゃ遊んだ。

すごい遊んだ。


高校が同じ友人だけでなく、高校は別だが中学が一緒の友人と久しぶりに会ったりもした。

当然課題には手を付けておらず、美術室にもあまり行けずにいた。

先輩は、日によって滞在時間は異なっているが、ほぼ毎日来ていたようだった。


夏休みの間、学校は朝9時から16時まで解放されている。

美術部としては、その時間内の好きな時に学校に来て絵を描き、気が済んだら帰る、ということになっていた。

だから俺はこの日、10時頃に美術室を訪れたのだが…


「あれ、いっぱいいる」

なんと幽霊部員の先輩も含め、現在この部に所属する5人全員がそろっていたのである。

これまで目にしたことのない光景に俺はびっくりしたが、ひとまず手近な机に荷物を置く。

ふと目をやれば幽霊部員の先輩と目があって、軽く礼をしておく。


「と、言うわけだから…」

「今までありがとね。作品は文化祭で展示するとかしていいから」

「頑張ってね、応援してる」

何やら不穏な言葉の並びが聞こえてきて、俺は莉佳の方に見やる。

彼女はその綺麗な顔に、困ったような、そして少しの寂寥せきりょうを含んだ笑みを浮かべていた。


用が済んだのか、3人はまとまって美術室を去ろうとする。

その足取りは、どこか軽く見えた。そして実際に、荷物は少なく、身軽だった。元より話をするためだけにここに来たのだろう。


「えっと…先輩、今のは…」

「うん、退部するって」

「3人まとめて、ですか?」

「うん…」


そうなんだろうな、と思って尋ねたが、やはり莉佳の口から改めてそう告げられると、心に深く刺さるものがある。

それは莉佳も同じようで、いつになく表情が暗い。


「先輩…その、俺いますし…」

「うん!いつまでもしょげてちゃだめだね!明るく行こう!もともと長く続けるつもりはなかったみたいだし、文化祭に出す作品は置いて行ってくれたから、部としては一応助かるの!だから私、張り切って描いちゃうぞ~!」

「…」

明らかな空元気。

その姿がすごく痛々しくって。

俺が声を掛けたら、その瞬間に崩れ落ちてしまいそうで。


俺は何も言えず、しばらくその場に立ち尽くしていた。


それから時計の長い針が2周したころ。

2人で黙々とキャンバスに向かい合って、筆を走らせていた。


その間、会話は全くなかった。

事務的な会話も一切なし。

時たま莉佳の方に目をやっても、彼女は普段通りといった様子でまっすぐに自身の手先を見つめていた。


あんまり彼女に気を取られすぎてもよくないので、俺は俺で気の向くままに手を動かしていた。

逆にそうしていないと、息も詰まってしまいそうだったから。


「ふー、一段落」

静寂を破ったのは、莉佳だった。

彼女の口から出た言葉通り、色付けが一段落したようで、筆を置いて大きく伸びをしていた。


「お疲れ様です。あ、もうお昼ですね。先輩はお弁当とかあるんですか?」

「お疲れー、私は持ってきてないから帰ろうかな。途中で何か食べて帰ってもいいし。山本君は?」

「僕もお昼ないので、どうしようかなと」

「んー、じゃ一緒に食べる?せっかくだし」

「え!?あ、はい!?」

唐突すぎるお食事のお誘いに、俺はたじろいでしまう。

ただ、当の莉佳の顔はいたって普通。まるで同級生の女子を放課後カフェに誘うかのように。

(いや、この人カフェとか行くのか…?ずっと絵を描いてるような…)

失礼な憶測が脳内を飛び交う間にも、秒針は止まることなく進む。


「ん?どうした?」

「あ、あぁ、えと…い、行きます!」

「う、うん。行こっか。片付けよっかとりあえず」

「はい…」


思いのほか大きい声が出てしまい、莉佳を驚かせてしまった。

恥ずかしいし、申し訳ない…


と、いうわけで。

俺たちは学校からほど近い、お好み焼き屋さんに来た。

「混んでるかな」

「いや~、平日ですし、田舎ですし…」

「ま、空いてるか」

「と思いますけど」


「こんにちはー」

「いらっしゃい!」

ガラガラと音を立てて引き戸を開けると、鼻に飛び込んでくるソースのいい匂い、そして店主の元気な声が耳を突いた。

すでにおなかは減っていたが、さらに食欲が刺激されたのを感じる。


「奥の席どうぞー」

割烹着を着たおかみさん(?)が手で指し示した方へ、俺たちはそろって歩き出した。


「やっぱり空いてたね」

莉佳は席について荷物を置くなり、俺の方へ身を寄せてそう言ってきた。

お店の人に聞こえてはまずいという、彼女なりの配慮なのだろうが、俺としては少々気恥ずかしい。

(近いです…)


2人して注文を終え、運ばれてきたお冷に口をつけながら、莉佳は話し始めた。

「学校帰りに二人でどこか行くの、初めてだね」

「ですね~」

「ここのお店、来たことある?」

「家族と数回来ました。おいしかったですよ」

「そうなんだ~…」

「…」

「…」


(会話がっ、続かんっ!!!)


いやあの、うん。非常に気まずい。

だいたいこういう時のトーク術とか知らないし、異性と二人で食事なんて相当なレアケース…

いや待てよ、初じゃね?


今までの俺の記憶の限りでは、異性と二人きりで食事をしたことはない。

前に莉佳と展覧会に行った時だって、食事はしていない。


(マジか俺…えぇ…)

こうして気づかされた衝撃の事実に、俺は少々げんなりしてしまった。

それを見た莉佳が怪訝そうな目を向けていることにも気づかずに。


料理が来るまでは、ぽつぽつと言葉を交わし、お好み焼きが来ればそれを食べ、ほぼ同時に食べ終わると、少し腹休めをすることとなった。


「そういえば、夏の旅行というか合宿というか、どうするの?」

「え、あぁ、行きたい、ですけど…2人でって、先輩としてはどうなのかなっていうところです」

「私は全然かまわないけど…そんな気にしなくていいんだよ、ほんとに」

「うーん、そんなもんなんですかね…」

莉佳はそう言うが、やはり気が引けてしまう…


行くなら行くで早めに計画しなければいけないし…


「先輩はどこに行って何を描きたいとか、あります?」

行くとすれば、という意味で俺は尋ねた。


「私、東京行ってみたい」

「ほぉ、東京ですか」

「でも遠いし2泊することになるでしょ?さすがにお金がきついかな…」

「確かに、物価高いんですよね」

うんうんとうなずきながら、悩ましそうな表情を浮かべる莉佳は、でも、と切り出す。


「大阪とかもアリじゃないかな」

「いいですね大阪。僕も最近行ってないです」

「そうだったんだ、それじゃ、ちょっとその方向で考えてみる?」

「マジですか!先輩がそれでいいというのなら、僕は賛成ですよ」

「あはは、何それ。まぁでもうん、メッセージでも話せるし、話進めていこうか」

「はい!」


こうして、また夏の思い出が増えそうな予感がしたのでした。

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