第64話 ****が見ている③

 そこからの行動は早かった。必要な道具を買い揃えるにあたり、インターネットが実に有用だった。この世の万物の知識が集約され、簡単に情報を手に入れることができる人類が誇るべき知の宝庫である。当然、欲している情報は難なく見つけることができた。

 有識者によると、必要なものは小型カメラとバッテリー、それからカモフラージュ用のガワらしい。

 カメラに関していうと、鑑賞する際にストレスを感じたくないので画質は妥協できない。しかし、本体が大きすぎると見つかりやすくなる難点があるためになるべく小型でなければならない。それに、バッテリーが付属となるとかなりのサイズになってしまう。カメラ本体にバッテリーが内蔵されているのが良さそうだと小野は考えた。そこで通販サイトを見ていると、理想的な1つの商品が目に留まる。「バッテリー内蔵、それは30時間連続撮影に耐久性!超高品質カメラは防犯に最適なものです。」と、怪しい日本語で書かれているが通販サイトでこういった説明文を目にすることは少なくない。小野はあまり気にすることなく性能を詳しく見ていく。レビューの評価もまずまずであり、値段も4000円台と許容範囲内だ。彼はひとしきり悩んだ後に、購入することに決めた。


 2日後、小野が帰宅すると宅配BOXに小包が投函されていた。今の家に引っ越しする際、この宅配BOXが決め手でここに決めたのだ。以前のアパートだと、職業柄、家にいる時間が少ないので通販をすると荷物を受け取れず困っていたのだ。再配達を毎回頼むのも宅配業者に悪い事をしているような気がしていたので、不在でありながらも荷物の受け取りができる宅配BOXはかなり有難い機能だった。


 自室に持ち帰り包みを開封すると、プチプチに梱包された例の商品が現れる。新品なので当然埃1つ付いていない。商品の写真と比べると少しチープな見た目ではあるが、小野にとっては性能さえよければ見た目の粗悪さはどうでもよかった。


 カメラの本体を隠すためのガワは工作することにした。当初、制汗剤のボトルに仕掛けようかとも思ったが、誰かが使用しようとしてカメラの存在に気付かれるリスクを考慮すると悪手なように思い至った。家には使えそうなものが無かったため、小野は時間のある時にホームセンターで必要なものを揃えようと心に決めた。








 


 日曜日、休日にも関わらず小野は車を走らせる。行先は、言わずもがな職場だ。

 この日彼は自作のカメラを持って家を出た。(勿論、一目で何かわからないようにタオルでくるんだ。)緊張のせいか、どこか浮ついた気持ちになっていて落ち着かない。

 


「……暑いな」


 

 車内にむわっとした熱い空気が充満している。窓を少しだけ開けると、外気の涼しい風が車内に流れ込んだ。それでも日差しは強く、ハンドルを握る腕にもじりじりと太陽光が突き刺さっているのが分かる。思わずカーナビを操作しニュースに切り替えると、丁度キャスターが天気予報を読み上げている最中だった。


 

『本日は全国的に記録的な猛暑になるでしょう。一時的に薄い雲が掛かることもありますが、今週は高気圧に覆われ、洗濯日和が続きそうです。ただ、熱中症に注意が必要で……。』

 


 5月前半なのにこの暑さということは、今年の夏は酷暑になるだろう。小野はそう思いながらクーラーを付けると冬以来、暫くご無沙汰だった排気フィルターから黴臭い匂いが車内に放出された。



「くそっ」



たまらず窓を全開にして悪態をつくのだった。











 流石に誰か出勤しているだろうと小野は予想していたが、職員室には他に3人の教師が出勤していた。当然、休日出勤はなるべく避けたいところだが本日は重要な目的がある。挨拶をしながら自分のデスクに向かうと、向かいの席の女性教諭から声を掛けられた。



「おはようございます。小野先生、今日はテスト作りですか?」


「えぇ、まぁ。今日で仕上げます。」


「お疲れ様です。あまり、根詰めないようにね。」


「そうします。」



 テストを作るという目的に関してはあながち間違っていない。7割方完成させているので、残りの問題を作成して配点を整えれば完成だ。







 2時間後、テストが完成した。自分で一度解いてみたが、教科書の基本を押さえれば誰でも70点は取れるであろう良いテストだ。肩の荷が1つ下りた。




 ――さて、そろそろ。



「ちょっと息抜きに行ってきます。」


 

 小野は、例の物を持って職員室を出た。






 訪れた第二体育館は静まり返っていた。換気されていない為に熱気が篭っており、ここにいるだけで汗だくになりそうだった。熱心な部活動なら日曜日でも何らかの練習をしているものだが、この学校はそうではない。文部両道を校訓に掲げている割に、部活動に力を入れている様子は無い。かといって特別学業に秀でている訳でもない、中の中ランクの学校だと小野は認識していた。しかし彼にとってはこの緩さが今は有り難かった。


 小野は、更衣室に入るとカーテンレールの上にそれをセットした。壁の色と似ているクロスを貼ったハコだ。視界に入っても、疑念を抱かれにくいよう巧くカモフラージュしている。我ながらうまく作ったものだ。更衣室を俯瞰で眺めることができ、尚且つ気になりにくい。完璧な設置場所だ。


 画角を微調節し、カーテンを開け閉めして干渉しないか確認する。レールに引っかかることなく、問題ない。あとは、被写体が多くなる時間に合わせて遠隔で電源を入れるだけである。









 体育館から出ると、涼しい空気が頬を撫でる。小野は味わったことのない高揚感を感じていた。このまま職員室に戻ったら表情でバレてしまいそうな気がして、中庭に設置されてある自動販売機でアイスコーヒーを購入した。一口飲むと、缶コーヒー特有の甘ったるさが喉にへばりついた。

 空で輝く太陽の、なんと眩しい事だろう。ねっとりと、じっくりとこの目を灼く熱線が今はかえって心地いい。



「ふ、ふふ。ふふっ。」



 このワクワクは、釣りや虫取りの餌を仕掛けて獲物が掛かるのを待つ時間に似ている。ふと、ガラスに反射する自分が口角を上げて不自然な笑みを浮かべている事に気付いてコーヒーを飲み干した。









 翌日、月曜日。小野はこの瞬間を心待ちにしていた。朝からずっと平静を保つために表情筋を殺すように意識したのは初めての事だった。


 五限目の授業が終わり、小野はトイレの個室に駆け込んだ。携帯電話を操作し、カメラの電源を入れる。これで放課後、カメラを回収すればいい。


 ――スイッチ、オン。


 




 




 今日も生徒たちが部活動に励んでいるところだろう。テスト前に部活動を禁止する部活もあるようだが、小野が受け持つ部活は自由にさせている。勉強と部活のどちらかを優先できる判断力を鍛えるために、という建前の放任主義であった。

 そのような訳で、第二体育館に様子を見に行ってみることにした。誰かいれば、成果があるということだ。




 校舎の外に出たその瞬間、小野は違和感を感じた。

 誰かから見られている。


 

「……誰だ?」



 辺りを見回すも、誰もこちらを見ていない。部活へ向かう生徒や帰宅しようとする生徒はいるものの、誰一人としてこちらを見ているわけでは無い。それでも足のつま先から頭頂部までを舐め回されるような、強烈な視線を感じた。



「……誰だ、出てきなさい。」



 自ずと動悸が激しくなり思わず息も荒くなる。誰かに、責められている。後ろめたいことを指さされているようないたたまれない気持ちになってくる。生まれた瞬間から、今この時に至るまでの人生を全て見透かされているような、そんな居心地の悪さが小野を支配した。

 


「おい、見ている奴!誰だ?……出てこい!」

 


 小野はハッとした。


 ――上空だ。


 空を見上げた瞬間、彼は恐慌状態に陥った。


 


 異様な何かが浮遊しているではないか。


 燃えるように赤い色をした巨大な球体が曇天に静止している。


 強烈なプレッシャーを放つそれが、ぎょろりと彼を見下ろしていた。




「ひ……ひぃ……ッ!!!」


 


 言うなれば、UMA。


 

 《――未確認飛行物体が見ている》



 そう認識した瞬間、小野はその場から忽然と姿を消した。










後書き

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。


Author: holy_nova

Title: SCP-1010‐JP -未確認飛行物体が見ている-

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-1010-jp

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