第65話 ****が見ている④


『――こちら雨宮。***市**町にてSCP-1010-JP出現イベントを観測。これより影響範囲の特定・把握に移行する。対応チーム”黒づくめの男達”の派遣を要請する。』


「了解」



 関東のとある地方気象台〈特別観測所〉にて、眼鏡を掛けた男――雨宮衛は望遠鏡を覗きながら財団日本支部へ連絡を入れた。これは彼の重要な業務の一環であり、彼がSCP財団職員でありながら気象台に派遣された理由でもあった。


 雨宮が電話を掛け終わるのを見計らい、背後から大柄な金髪の男が彼に話しかけた。



「分からないな。何故日本支部はこいつを収容する努力をしない?」



 疑問を呈す大柄なこの男はレナードという。数年前にSCP財団本部からやってきた男で、各アノマリーに対する特別収容プロトコルを実施する申請金額が適切であるかを調べる監査員だった。彼たっての希望で、日本に来てからというもの実際に現場に足を運んでいる。(これには観光目的ではないかとの指摘も出ている)雨宮を含む日本支部財団職員からすると、招かれざる客であった。



「……君はこのアノマリーに初めて遭遇するね、レナード。報告書には当然目を通しているものだと思っていたが。」


「あぁ、勿論読んだよ。オブジェクトクラスがKeterたる理由もね。だが、破壊の試みは行われていないようだ。一体何故だ?本部であれば破壊する手段を選ぶだろう。」



 資金が潤沢にある財団本部の人間らしいことを言ってくれるものだ。雨宮は彼になんと説明をしようか逡巡させた。

 『Prrrr……』

 雨宮の携帯電話に着信が入る。



『こちら雨宮』


『エージェント:雨宮。SCP-1010-JP出現イベントの発生範囲と被害が判明しました。アノマリーを中心にとした半径4.3㎞が対象範囲であり、現在6名の消失が確認されています。引き続き監視チームと情報操作チームで連携し、被害拡大を阻止します。』


『了解。』



 SCP-1010-JP出現イベントにより消失した人間は、アノマリーが消失することで再出現する。確認された消失者6名の周囲に財団員を派遣し、再出現した彼らの拘留及び尋問・記憶処理をしなくてはならない。黒づくめの男達がいつも通りうまくやるだろうと雨宮は高を括っていた。

 雨宮は気を取り直し、レナードに話を続けた。



「レナード、アメリカ育ちの君には理解しづらいかもしれないな。」


「何故?」


「この国では……あのアノマリーは古くから太陽と同一視され認識されている。国民の信仰する宗教にも多大な影響を及ぼしてきた。今更その事実は簡単に消すことはできない。古代の遺産から現代の教科書に至るまであらゆる資料の改ざんが必要になる。」


「たかが1体のアノマリーを収容した方がリスクが大きいと言いたいのか?」


「そうだ。隠匿すべき情報が膨大過ぎる。文化・風習を丸ごと塗り替えてしまうようなものだ。混乱は免れない。……それに、たかが1体という言葉には感心しないな。我々財団がたかが1体のアノマリーにどれほど苦しめられてきたか良く知っている筈だ。」


 

 雨宮に刺すような目をされてレナードは肩をすくめた。



「ふん、それで後手の対応しかできないという訳だな。なんとも嘆かわしい。」


「……仕方がない。現状維持がベストなんだ。」


「で、日本ではこんな教師が出来上がっちまうんだな」



 レナードが持つタブレットには、消失したと思われる6名が個別に尋問を受ける様子が見られる。個人差はあれど、自分が行った《悪事》への忌避感を口にしていた。万引きをしたと涙を流し告白する学生や妻に対して暴力を振るったと訴える男。各々が感じる罪の違いはあれど、口を揃えて"未確認飛行物体に監視されている"と証言していた。その中に一際みっともない懺悔を行う男がおり、レナードは思わず目を止めた。


 

『すみません、すみません……!つい出来心だったんです…他人に危害を加えるつもりは一切無くって、あくまでも自分一人で楽しもうと思っていただけで……だから、俺のことを見るアレをなんとかしてくれ……!』



 レナードのタブレットを横から覗き見た雨宮は思わずため息をついた。こちらまで恥ずかしくなる。大人になってからというもの、人間ここまで泣き喚くことができるものだろうか。監視する身でありながら、このアノマリーに暴露はしたくないものだと思った。少なからずしてきた後ろめたい事柄がこうやって公に晒されるのは耐え難い屈辱に違いない。



「えーと……。彼は何したんだ?……小野忠、34歳。県立中学校の数学教諭。彼の直前の行動と自宅捜査の結果、彼が女子生徒の着替えを盗撮していたことが判明。そのためアノマリーに暴露し、消失の対象となった恐れがある。雨宮、この教師は法で裁かれるのか?」


「いや……。そこまでは我々の業務の範疇ではない。」


「記憶処理の後こいつはどうなる?」


「……通常通りになる。」


「通常?なんてこった。ロリコン性犯罪者を野に放つってか?こいつは再び同じ罪を犯すぞ。」



 レナードの言いたいことは尤もだ。雨宮はこのアノマリーを担当するようになってからというもの、法律に関して興味が湧き勉強するようになったが、一つ思うところがあった。日本の司法は性犯罪者に対してあまりにも甘すぎる。他国と比較するとその差は歴然で、そもそも罪を問われないようなケースも多々あるという。これじゃ被害者も報われないだろうと思う一方で、男である以上冤罪も怖いと思うのが正直なところだ。だからと言って、性犯罪者の教師が自分の子供の担任だったらと思うとゾッとする。彼らは仕事とプライバシーの線引きがうまく出来ていないのだろう。



「何度も言うがそいつがどうなろうが我々の知ったところではない。記憶処理した後は警察がなんとかするだろ」


「優しくない。実に優しくないよ雨宮。そんなんじゃ社会は良くならない。」


「レナード、あんたも分かっているだろ。財団は慈善団体じゃないんだ。」


「よーくわかってるさ」



 なら言うな、という言葉を雨宮は飲み込んだ。本部から派遣されてきた人間がそんな甘いことをいう訳が無い。いつか彼のニヤケ面を暴いてやる、と思いながら雨宮は事後処理に取り掛かることにした。アノマリーに暴露したこのみっともない教諭も、女子学生も、オッサンも、全員被害者ぶりやがって。そのまま死ねばいいのに――。



 雨宮は茶々を入れる外人のせいか、機嫌が悪かった。彼を半ば無視しつつPCに向かい、恐るべき速さで書類を作成するのであった。











後書き

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。


Author: holy_nova

Title: SCP-1010‐JP -未確認飛行物体が見ている-

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-1010-jp

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