事案:**県立高校教諭消失に関して

第62話 ****が見ている①


 教師とは、俺にとって天職だ。小野がそう思い始めたのはいつからだったろうか。


 中学生の教員採用試験を合格してから早数年が経った。子供たちに寄り添い、彼らを正しい方向へ導けるような教師になるという尊い目標を持っていたのは間違いない。だが、今の彼の教員としての悦びは別のところにあった。

 仕事を中心に生きる彼の生活は常に規則正しい。朝5時半に掛けたアラームに叩き起こされ、寝ぼけ眼を擦りながら弁当を作る。元々、食費の節約のために始めた弁当作りだが、今となっては趣味に等しい。夕食の残りや冷凍食品を、使い馴染んだプラスチック製のランチボックスに詰め込むだけの簡素なものではあるが毎日の食費を浮かすためならばこれくらい簡単な方が長続きすると考え、結局数年続けることが出来ている。

 6時半、最寄りの駅は酷い通勤ラッシュに見舞われるので、なるべく車で通勤するようにしている。朝7時に職場である県立中学校へ到着すると、自分のデスクに向かい本日の授業の準備をして、職員朝礼を済ませ、担任である2年3組の教室へと向かうのだ。



「ハイ朝礼始めるぞ~席につけー。」



 人気アイドルやらドラマの話題で盛り上がっている生徒たちが、蜘蛛の子を散らした様にバタバタと席に着き始める。特に問題児を抱えていないクラスはやりやすい。一人でもボス猿がいれば、触発されて調子に乗る生徒グループが生まれてしまうから、そういった意味で不安要素が無いというのは快適だ。隣のクラスには、やんちゃな生徒がいて扱いが大変だとその担任の三木先生が溢していたのが記憶に新しい。


 担当教科は数学。面白くもつまらなくもない、ごく平凡な授業だ。とはいえ2年生は6クラスあるので、毎時間いずれかのクラスを担当をしている為とても忙しい。休憩時間にも質問にやってくる生徒の対応をしている為、実際の休憩時間はとても短い。この労働環境がどれほど教師にとって負担の大きいものか、想像に難くないだろう。


 更に、放課後になっても教員の仕事は終わらない。小野は抱えていたデスクワークが落ち着くと、第二体育館へ足を運ぶ。体育館では、女子バレー部の生徒が2組に分かれ試合形式で練習を行っていた。体育館の床にボールが跳ねる音と、キュッキュッとシューズの擦れる音が小気味良い。


 若手の教師は必ず部活動の顧問をしなければならないという学校ルールがあった。過労死ラインをゆうに超えることもあるこの残業時間を国は知っていて何もしてくれない。公務員だからか。もしくは教育という分野が蔑ろにされているのか。教員という職は実にハードであり自分の時間なんて殆ど持てないというのに給料は知れたものだ。やりがい搾取という言葉が最も相応しい職に違いない。


 なので赴任当初に教頭から女子バレー部の顧問になるよう指示があった時は外れくじを引かされた気分だった。バレーなんて学生の体育の授業でやったくらいの経験しか無く、それに運動部は遠征や試合など面倒ごとが多い。担当当初は苦痛で仕方が無かった。


 同じような生活の繰り返し。毎日くたくたになるまで働いて、泥のように眠って。生きる楽しみを見失いかけていたある時だった。

 仕事から帰り、スーツを脱いでラックに掛けている最中だった。下半身にモヤついた感覚を覚えた。健全な男性ならば必ず抱える生理現象だ。仕方なくそれを処理しようと、プライベート用のPCを起動させてアダルトサイトで動画を品定めしている時に、あるサムネイルの動画が目に入る。なんとなくクリックしてみると、学校の制服を身に着けた女性が恥部を露出しながらにこやかに微笑み、男優の上に跨ってる。女性は美人でスタイルも良いが何となく違うな、と彼は思った。もっと生々しさが欲しい。制服を着て、男の事を「先生ぇ」、なんて呼んでいるがどう見てもあの女優は10代ではないし、コスプレしているだけの「作り物」だ。それが明け透けになっているから、なんとなく興奮しない。彼は×ボタンを押して一覧画面に戻ると、より興奮できそうな動画を探し始めた。


 アダルトビデオとは製作会社と、スタッフと、演者の「濡れ場」を撮っている訳であって、様々な配慮をされながら撮影されている。彼らは本当に家族関係がある訳でもないし、性的なサービスを提供するマッサージ店で撮っている訳でもないし、時間が止まっている訳でもない。そこまで行くとファンタジーだ。TVで流れるようなドラマや映画と同様に、脚本があって(事細かに書かれているかざっくりとした流れなのかは知らないが)照明スタッフやカメラマンといった裏方の人間が構想し作り上げた世界で、演者が読んで字のごとく設定に沿って「演じて」いるのだ。世の中には動画で見るそれが本当だと信じている男もいるというから驚きだ。


 無論、それが本物だと思うほど自分は馬鹿じゃない。その設定を分かっていながら楽しむものだというのも理解できる。だが、それではなんとなく物足りなさを感じているのも事実だった。昔はそんなことは無かったのだが退屈な毎日を過ごすうちに、より強い刺激で無いと満足できないようになってしまったのだろうか。


 画面をスクロールしていく。その中にひと際画像の乱れたサムネイルが混じっていた。カメラがブレているのか、何が映っているのかすら分からない程だ。タイトルは「2009.5.23」の文字列のみ。タイトルだけではどんなものか分からないが評価は悪くない。興味がわいた小野はそのサムネイルをクリックした。


 その内容は衝撃的だった。



「これ、本物か?」



 端的に言うと、盗撮だった。高校生と思われる女子生徒たち10数名が、教室でカーテンを閉め切って着替えていた。次は体育の授業だろうか。皆、体操服を手に制服を脱いでいる。音声は残念ながら付いていなかったが、撮られているとも知らずに無邪気に談笑しているように見える。化粧もネイルもしていない、野暮ったさの残る少女たち。間違いなく、現役(少なくとも撮影された当時は)の学生だろう。つまり、何を意味するかというと、この動画は日本のどこかの学校で、実際に撮影されたものであるということだ。撮影者と彼女たちとの関係性は判らないが、少なくとも学校関係者であることに間違いないだろう。


 

「…………。」



 小野は自身が興奮しているのを確かに感じた。豊満な肉体も、挑戦的な服装をしているわけでもない只の子供に。


 むくむくと首をもたげる興奮を抑えられずに、彼はベルトに手を掛けた。

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