第61話 メジャーリーガー大山の秘密④完


 収録から2日後、『ベースボールレジェンズ』がオンエアされた。通常、テレビ番組は収録から放送に至るまで、編集作業に多大な時間を費やすため数週間かかるのが普通だ。だが財団の力を使えば、瞬く間にその過程を終わらすことが出来る。エイダは自宅でそれを虚ろな目で眺めていた。彼女は自分が出演する番組は欠かさずチェックすることにしている。自己研鑽の為である。表情の作り方や振る舞い・発声方法などを見直しより良いリポーターに見えるように努力して身に着けた習慣だった。



「酷い顔」



 そう思うのは自分だけで、気にしすぎなのかもしれない。それでも、画面の中の自分は不自然な笑顔で笑い僅かだが乱れた声色で高々と喋っている。収録の時にはうまくできていると思っていた。――しかしこうやって客観的に見るとなんてみっともないんだろう、と自己嫌悪に陥った。不調の原因は分かっている。

 しかし、その一方で番組の評判はかなり良かった。SNSでトレンドに浮上し、後でチャーリーから聞いた話だが人気沸騰中の大山の特集とあって単発のTV番組にもかかわらず視聴率は20%を超えた。



「皆、のんきね。タツヤはこれから衰退の一途を辿るだけだっていうのに。」



 これから訪れる突然の彼の不調に世間はがっかりするだろう。恐らく、財団によって彼の不調の原因は体の故障であると工作される。そうすれば突然彼がホームランを打てなくなっても誰も疑わない。今まで数々の野球選手が、怪我が原因でマウンドを去っていくのを見送った。きっと彼もそのうちの一人になるだろう。



「あぁ……明日が運命の日ね。」



 エイダは憂鬱で仕方が無かった。明日は大山が出場する試合のリポートの仕事がある。皮肉にも『ベースボール・レジェンド』の影響で今日の試合での彼に対する期待値が上がっている。そこで、彼の不調を目撃し、カメラに向かってさもショックを受けたかのような面持ちで喋らなくてはならないのだ。



「私って最悪」



 これではまるで自作自演の茶番だ。茶番には慣れている筈なのに、こんなに嫌な気持ちになったことは無い。




























「エイダ、顔色が悪いぞ。いつもよりが口紅が薄いんじゃないか?」


「ほっといて。あとそれセクハラよ。」



 翌朝、開口一番にデリカシーの無いチャーリーに指摘されるほど顔色が悪いのも無理はなかった。昨晩はよく眠れなかったのだ。彼の記憶処理以降、初めて彼のプレーを間近で見ることになる。きっと、今日のリポートでは「一体どうしたんでしょう?彼はどこか痛めているのでしょうか、今後のプレーが心配です。」と言う事になる。不安が思考を支配する。エイダは仕事中にもかかわらずどこか上の空だった。



「エイダさん、準備はいいですか?中継が間もなく繋がりますよ。」



 ADの声でハッとした。いけない、今の私はあるがままを伝える正直なリポーターなのだ。エイダは気を取り直し、仕事に集中する。



「問題ないわ。」


「OK、では参ります。………5、4、3、…、…、……!」



 心の中でカウントダウンを進め、ADのキューサインを受け取ると、エイダは弾けんばかりの笑顔をカメラに向けた。



「さぁ、始まりました『Now watching』。本日もリポーターのエイダ・キャンベルがお送りします。タイタンズ対R・フェニックスが熱い火花を散らします。試合の注目は何といってもタイタンズの大山でしょう!16試合連続ホームランの記録が掛かっている彼のスーパープレイに期待です。試合は間もなく始まります。見てください、会場のボルテージも最高潮です!」



 カメラが期待に湧く観客席へ向かってパンしていくのを認めると、ADがカットの声を掛けた。



「……はい、OK!いいですね。この調子で次もお願いします。」


「ええ、分かった。私、変じゃなかった?」


「いいえ?いつも通り。」


「ならいいけど。」



 次にエイダがカメラに映るのは、試合が始まって大きな動きがあった時と休憩の時だ。それまでは関係者席という名の、”超神席”で試合を見守ることとなる。天気も良くビールでも飲めたら最高なのだが、今日はリポーターとして球場にいるのだ。ミネラルウォーターで我慢をしつつ、TVクルーの仲間と時折たわいもない会話を交わして時間が訪れるのを待った。

 定刻通りに始まり、試合は順調に進んだ。

 2回表、大山運命の第一打席。観客の大山コールが止まらない。



「来た!」



 彼がバッターボックスに入ろうとすると、横からやって来た主審に止められ、1塁への出走を促される。敵チームが敬遠を選んだのだ。立派な戦術ではあるのだが、大山の活躍を見に来たファンにとっては楽しみを奪われたのと同義である。球場はブーイングの嵐が飛び交った。



「オイオイ敬遠かよ!」



 エイダの隣でチャーリーが悪態をつく。ほっとした反面、エイダは焦らされる結果となった。心臓に悪い。


 それから暫く経って6回表、2アウト、ランナー1塁・2塁。絶好のチャンスに大山は再び打席に現れた。



「ねぇ、彼姿を消したわ。」



 グラウンドに踏み入る前に、彼はやはり姿を消した。財団の想定ではこの瞬間に儀式が行われている。数分後、彼は何食わぬ顔でベンチへ姿を現した。しかし、儀式の記憶はもう失われている筈なのだ。エイダはこの時、偶然だと思いあまり気に留めなかった。

 敵チームは先ほどの敬遠への批判を受けてか、正面から戦う事を決めたようだ。びりびりとした緊張感がスタジアムを満たす。観客の思いは様々だ。タイタンズを応援する者は彼が超特大のホームランを放つことを望んでいるし、R・フェニックスのファンならばどうか打たないでくれと祈っていることだろう。



「お願い」



 エイダも例に漏れず、いつの間にか両手を胸の前で組んで祈っていた。打って欲しいのかアウトになって欲しいのか、彼女自身いったい何を望んでいるのか分からない。それでも何かを祈らずにはいられなかった。



 1球目から4球目まではファールとストライクだった。大山と相対するピッチャー:ウィリアムズは監督とキャッチャーの表情を交互に伺い、作戦を立てている。一呼吸置いた次の瞬間、ボールが放たれる!剛速球が真っすぐキャッチャーミット目掛けて飛んでくると思いきや、大山の直前で、グンと下に強烈なカーブを描いて落ちた。ウィリアムズの必殺スプリットだ。

 討ち取った、とウィリアムズが思った瞬間だった。大山が振りかぶったバットはボールを下から掬いあげるかのような軌道を描いた。ボールは豪快なスイングに直撃し、鋭く痛快な打音を響かせる。その音に触発されたかのように、観客が一斉に立ち上がり大歓声を上げた。



「えッ!?嘘でしょ……!」



 エイダは目を疑った。ありえないことに、ボールは高々と打ち上げられ柵を超える超特大ホームランになったからだ。



「嘘!?ねぇチャーリー、どういう事!?」


「分かんねぇ。俺達……確かに、記憶処理剤を飲ませたよな?」


「間違いないわ……。あの場にいた全員がその瞬間を見ていたもの!その後のチェックテストだってクリアしているし。間違いなく彼の特定の記憶は消えている!」



 エイダは『ベースボール・レジェンズ』の収録で彼と交わした言葉を思い出していた。確かに、彼は儀式を知っていると言っていた。しかし、現に特大ホームランを放って見せた。――つまり、これから推測されることはただ一つ。




「……彼は一度だって、儀式をしたとは言っていない!!」




「なんてこった。じゃあ今までの実績は全て実力だった……ってことか!」



 財団の見立ては半分合っていた。彼は確かに報告書No.SCP-439-JPのとある動作(エイダは儀式と呼んでいた)を学生時代に伝授された。しかし、彼はその不正行為を行わなかったのである。



「化け物だ……」



 チャーリーは驚いて口をあんぐりさせていたが、ハッと我に返る。



「しまった!エイダ、リポートだ!AD、撮るって言えよ!」



 チャーリーがADを叱り飛ばす。自分だって忘れていたくせに、とエイダは横で呟いた。



「ずっと言っていました!あまりにも歓声が大きくて声が届かなかったようです!すみません、エイダさんリアクションをお願いします。」


「え、えぇ。ごめんなさい。いつでもいいわ。」



 エイダも危うく仕事を忘れるところだった。顔を作り、軽く髪を整えて準備をする。



「3…2…、……、……!」


「……信じられません。彼はまたしても期待に応えました!見てください、この大歓声!彼の16試合連続ホームランの記録を、皆が称賛しています!」



 ホームへ帰ってきた大山をチームメイトが歓迎し、ハグやハイタッチを求めた。チャーリーがカメラを向けた先で、彼は今まで見たことが無いような清々しい表情をしていた。

 エイダはその表情に改めて胸を射抜かれた。逞しくて、ハンサムで、知的で野球が上手い。そして何より、彼は不正行為をしていなかった!


心震える今、こう叫びたくて仕方がない!





「一生あなたのファンよ!」と!











この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。


Author: watter12

Title: SCP-439‐JP -ホームラン量産法-

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-439-jp

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