第59話 メジャーリーガー大山の秘密②

「……あぁ神よ、私どうしたらいいの?」


「大袈裟だなぁエイダ。対象に入れ込み過ぎると辛いって、前から言ってただろ。」



 チャーリーの言う事はもっともだ。財団職員たるもの、仕方なく人を見捨てたり切り捨てたりすることは日常茶飯事なのだ。「冷たい」という訳ではなく、場合によってはそうしないと被害が拡大したり多くの犠牲を払う事になる。感情移入しすぎると、その判断が鈍るのは間違いない。その点、エイダに比べチャーリーはいつだって冷静で客観的な判断を下すことが出来る為、優れた財団職員だと言えるだろう。

 だから、いくら彼の事を選手として愛していようと駄目なものは駄目なのだ。彼が人殺しや人類の平和を脅かすような真似をしないのは彼の人柄を見れば分かり切っているのだが、それでもアノマリーに関する一般人の記憶は処理しなければならない。それがSCP財団の役目であり、エージェントたる自分の使命であることも理解している。もし彼が本当に”ホームラン量産法”を行っていたとして、その記憶を消してしまえば彼の保持する連続ホームラン記録も途絶え、彼は試合で活躍できなくなるかもしれない。



「でもチャーリー、私がタツヤを社会的に駄目にしちゃったら……私って最悪よね?」


「そりゃぁ……嫌われるだろうな。なぁに、"嫌な女って記憶"も処理しちまえば良いんだよ。」


「間違って私の事を全部忘れちゃったりしたら嫌だからそれはしたくないわ。彼の中では……良い女でありたいの!あぁ、別にそういう意味じゃないけれど!」


「ハイハイ。好きにしな。」



 彼に嫌われるかどうかは置いておいて、彼の積み上げてきたキャリアをぶち壊しにしてしまうかもしれない――。そう思うとエイダは胸が張り裂けそうだった。憧れのあの人を再起不能にして、それが果たして正義といえるのだろうか。正義とは何なのだろう。使命とはなんなのだろう――。エイダは初めてSCP財団を恨んだ。



 数日後、彼女の憂いも知らず財団は彼女と大山達也との対談インタビューを取り付けた。彼の過密スケジュールを縫って、指定された日は6月15日。TV局の8階にあるスタジオを貸し切って行われる。勿論、この日この時間のTV局は財団職員立ち入り禁止である。

 憂鬱だ。嫌な予定が控えているほど嫌なことは無い。友達との遊びの予定でも、別に会って遊ぶのは嫌じゃないはずなのに、スケジュール帳にその予定が書かれているだけでちょっぴりげんなりしてしまうのはきっと誰にでもある事だ。それの仕事版で、更に責任重大なタスクだと想像してもらえば良く分かるだろう。エイダは仕事に邁進して余計な心配を忘れようと心掛けたが、一向に憂鬱な気分が晴れる事は無かった。

 そして、運命の日である6月15日がやってきた。




 彼はTV局の裏口からセキュリティを通過すると楽屋に案内された。この収録の7割は本当に収録され、編集を経て地上波に流される。そこまでは本当に只のインタビューだ。必要な尺分の取れ高が確保され次第、本題へと移る。



「今日はよろしくお願いします。」


「よろしく、タツヤ。球場では何度かお会いしたことがありますが、スタジオでこうしてお会いできるなんてなんだか新鮮だわ。緊張している?」


「えぇ。慣れないものですね。試合よりも緊張します。」



 楽屋で準備を済ましてスタジオ入りした彼をスタッフが拍手でを迎え入れる。彼のジョークで現場は和やかな空気へと変わった。何も知らない彼は、かっちりとしたスーツを身に纏って颯爽と現れた。スーツの上からでもわかる彫刻のような体――逞しい胸板がシャツを押し上げ、色気を醸し出している。ここにいるのが只のファンなら熱いため息をついて卒倒している事だろう。だが、ここにいるのは大山以外全員財団職員だ。メイクもカメラマンもディレクターも、全てである。元々テレビ局に潜伏していた職員や、助っ人としてアメリカ全土から呼ばれた職員が完璧に擬態してテレビクルーに扮している。勿論、全員プロとして予習や勉強を行ってきたので機材の扱いや進行の仕方は熟知している。

 大山は煌びやかなスタジオに建てられたセットに置かれたソファへ腰かけ、ヘアメイクに髪をいじられながら収録の大まかなスケジュール等をディレクターと確認している。エイダも隣のソファに腰かけ、所々口を挟みながらその打ち合わせに参加した。そして、収録予定時刻がやってくる。



「(これは任務、これは任務……大丈夫よエイダ、いつもどおり完璧にやってみせるの……!)」



 張り付いた笑顔の下でエイダは落ち着かせようと必死だった。口角を上げて目元を緩ませるという簡単な作業なのに、表情筋が強張ってうまくできない。エイダの得意技だというのに。これまで何十回もカメラの前に立ってリポートしてきたのだ。財団の任務と絡んだからって、リポーターの仕事を疎かにすることはプロとして失格だと自分を叱咤する。



「それじゃカメラ回しまーす。3……2……1……キュー!」



 ディレクターの合図とともにチャーリーが操るカメラのキューランプが付く。――ここからはプロだ、私情は決して見せてはいけない。「へまするなよ」とチャーリーの目が言っている。大丈夫、私はプロ、私はプロ……。エイダは一息つくと、自らのスイッチをONにした。



「……皆さんこんにちは!特別番組『ベースボールレジェンズ』へようこそ。司会を務めるのはエイダ・キャンベル。どうぞよろしくお願いします。さぁ、今季のゲームはある一人の選手によってこれまでにない熱狂を見せています。グッズは飛ぶように売れ、観客動員数は毎日更新され続け、経済さえも回してしまうグレイトな選手……皆さんもうお分かりですね?さて、本日のゲストを紹介しましょう。……大山達也です!」



 大山が袖から登場すると割れんばかりの拍手と歓声が彼を出迎えた。エイダと握手を固く交わし、ソファに座る。



「タツヤ、今季の貴方の行動に全ベースボールファンが注目しています。貴方が打ち立てた連続ホームラン記録も、貴方の紳士的な行動にも、皆が釘付けよ。今日はあなたのヒミツを探っていこうと思っています。」


「恐縮です。お手柔らかにお願いします。」



 ははは、と外野のスタッフの笑い声がマイクに乗る。こういう現場感を感じる音声も、放送されれば良いエッセンスになる。



「じゃあさっそく質問していきたいんだけど、まずVTRを観ていただこうかしら。先日の対レッドキャップス戦の映像よ。」



 足元に置かれた小型モニターに、今期のとある試合の映像が映し出される。大山の打席に立つ瞬間、撃った瞬間を一連で見終えた後質問に戻る。



「この時、どんなことを考えてプレーしていましたか?」


「えーと……そうですね、この時2点差で負けていたので塁に出ていたウィリアムズを何とかホームに走らせたいな、と思っていました。なのでなるべく遠くにボールを落とそうとしたらホームランが決まったので、結果的に良かったなという感じです。」



 このように至って普通の収録は恙無く進行した。1時間の放送枠を埋められるだけの映像が確保できた。そろそろ本題に移る頃合いだ。

 チャーリーのカメラのキューランプが消えたのを確認すると、エイダはとある質問を大山にぶつけた。



「タツヤ、あなたが打席に立つ前にベンチ裏に消えてしまうのは何故?」


「……その質問、前もしましたよね?そんなに気になることでしょうか。」








後書き

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。


Author: watter12

Title: SCP-439‐JP -ホームラン量産法-

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-439-jp

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