エージェント エイダ・キャンベルの葛藤

第58話 メジャーリーガー大山の秘密①


9回裏2アウト満塁。



 球場に詰め掛けた5万人の観客のみならず、TVで生中継を観ているアメリカ全土、いや世界中の野球ファンがその勝負の行方を見守っていた。

 バッターボックスに立つのは、Jリーグから一昨年移籍してきた日本人選手だ。

 彼がバットを構えると、観衆は固唾をのんでその様子を見守った。ベンチからは監督が彼に向かって何かを叫んでいる。

 静寂を切り裂くように――ピッチャーからボールが放たれる!158km/hの剛速球がキャッチャーミット目掛けて真っすぐ突き刺さり、パァン、と爆ぜるような乾いた音が木霊す。



「ストライク!」



 審判の身振りで観客は大きくどよめき、落胆かあるいは安堵の溜息をつく。緊張のあまり止めていた呼吸を大きく吐き出すと、彼は仕切り直しと言わんばかりにバットを再び構えた。

 そしてまた静寂が訪れる。――彼の一挙手一投足によって、球場の空気が一気に変わる。これだけの大観衆によって与えられるプレッシャーと期待を背負うと打者の構えにも乱れが見られるものだが、そのどっしりと安定した構えには余裕すら見える。乱されたのはピッチャーの方だった。甘く入ったストレートを撃ち返す鋭い打音と共に、観客の割れんばかりの喜びと驚きの声がスタジアムを揺らした。ボールはスタンドの柵をゆうに超えた遥か彼方に飛んでいく。

 <splash hit!>スタジアムの巨大モニターにその文字が映し出された瞬間、彼は悠々と1塁、2塁と順にベースを踏んでいき、無事ホームへ帰還した。彼の仲間がベンチから飛び出し、彼にハグやハイタッチを求めた。興奮した実況開設の男が「Unbelievable!」と叫んだ。




「「オーマイガー!またまた大山が決めた!これで15試合連続ホームランだ!信じられません!自分自身の連続ホームラン記録を塗り替えました!歴史的瞬間を、今我々は目撃しています!」」




 球場全体が彼の記録を祝福し、歓喜に湧く。ここ数か月の大山の活躍は、全世界の人間を熱狂させていた。










 試合後、ヒーローインタビューがグラウンドで行われた。勿論、本日のヒーローは大山達也。彼の周りにはテレビクルーが押し寄せ、彼の言動を少しでも見逃すまいと良く撮れるポジションを争ってカメラマンが押し合いへし合いしている。



「どけ!俺らの番だ!」



 チャーリー・アンダーソンは人の波を掻き分け最前列に陣取ると、カメラを相棒であるブロンドの美しい女性リポーターに向ける。チャーリーのアイコンタクトを受け取ると、女性は溌溂と喋り始めた。



「タツヤ、本日も素晴らしい活躍だったわ!何故そんなにホームランを打てるのか、秘密はあるのかしら?」



 メジャー公式リポーターであるエイダ・キャンベルは彼に向けてマイクを向けた。



「日頃からの監督やコーチの指導の賜物です。自分の弱いところを客観的に指摘してくれる存在は貴重ですし、僕は地道に軌道修正をトレーニングで実践するだけです。」


「日々の積み重ねがこのグレイトな結果を生み出すという訳ですね。……ありがとう、タツヤ。今後の活躍も期待しています。」



 余りにも記者が多いため、各リポーターに与えられる取材の持ち時間は短い。質問を簡潔に終わらせ、エイダは順番待ちしている別のクルーに場所を譲った。どうやら――思った答えはそう簡単に引き出せないようだ。


 エイダ・キャンベルはSCP財団エージェントである。リポーターは世を忍ぶ仮の姿だ。彼女は同じく財団職員であるチャーリーと密かにメジャーリーガー大山達也を追っていた。

 彼にはある疑いがかけられている。報告書No.SCP-439-JPを悪用している可能性があるのだ。10段階のとある動作をすると、概ね丸い物体を遠くに飛ばすことが出来るようになる。彼は打席へ立つ前にどこかへ一度姿を眩ますことが多く、更には前人未到のホームラン記録を現在進行形で更新し続けていることから疑いの目を向けられたのだ。日本で行われる「甲子園」という学生のベースボールの大会に常連出場しているとある強豪校の野球チームの監督が、見込みのある選手に”ホームラン量産法”を伝授していたらしく、記憶処理の対象となったそうだ。信じたくないがタツヤはその高校の出身である。これが彼をマークする決め手となった。

 しかし、エイダは葛藤していた。小さい頃から父親によく球場へ連れていって貰ったことが手伝って大のベースボールファンなのだ。ミドルスクールの時だって、ボーイフレンドとデートする時だって、テストが上手くいかなくて落ち込んだ時だって彼女の人生においてベースボールが常にあり、そこで活躍する選手の姿に何度も励まされてきたのだ。念願叶って公式リポーターに選ばれた時なんか、気絶しそうなくらい嬉しくて何度も飛び跳ねて喜んだくらいだ。だって、憧れのスター選手と合法的に堂々と交流することが出来るのだから。


 現在の彼女のイチ押しは何といっても大山達也だ。勿論彼女だけでなく、世界中のベースボールファンが彼にゾッコンである。彼のベースボールの実力は無論、日本人離れした逞しい肉体と甘いマスク、そし素晴らしいスポーツマンシップ。――すべてに魅了された。彼が試合に出る時にはいつもの数倍身だしなみに気を使い、少しでも印象に残してほしくてセレブ御用達の香水を身に纏った。(チャーリーには下品な香りだと言われ不評だった。)

 だから、財団から彼の疑惑を晴らすようミッションが下った時にはひどくショックを受けたものだ。あのタツヤの名声は不正によって手に入れられたものだったのかと思うと、裏切られたような気持になったからである。


 勿論、彼女にとって財団の仕事は何よりも大事だ。彼女が幼い頃両親に見放され、路上生活をしていた時に財団は彼女を拾って育てた。未来の優秀な財団職員になるよう高度な教育を施し、バランスの良い食事を与えて懇切丁寧に育て上げられた彼女はエージェントとして任務をこなす傍ら、無償で良い大学に通い(財団が学費を出してくれたのか、そもそも学費を求められてのかは定かではない。)そしてリポーターという華やかな職を手にすることとなる。

 彼女は財団にこれ以上ない恩義を持っている。財団の指示は何よりも遵守すべきことであり、死ねと言われたら命を差し出すことだってできる。――それでも。大山達也というお気に入りのベースボールプレイヤーを自らの手で終わらしてしまうのは、耐え難い行為のように思われた。








後書き

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。


Author: watter12

Title: SCP-439‐JP -ホームラン量産法-

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-439-jp

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る