第57話 あなたの声で⑩完

「……報告は以上です。」



 轟副長を前に、私は今回の任務の顛末を全て話した。なるべく客観的かつ詳細な内容を話そうと心掛けたのだが、声が震えて詰まる場面が何度かあった。腕にはアノマリーから受けた裂傷を治療した後の包帯がぐるぐる巻きにされていてなんとも情けない。これが医者の不摂生というやつか。



「ご苦労。阿比留君という優秀な人材を失ったことは悲しい事だが……。どうか自分を責めないでくれ。僕たちはSCP財団職員という、特殊な仕事をしているのは分かるね?人知を超えた存在を相手に仕事をしているのだから、犠牲者が出るのはある意味仕方の無い事なんだ。皆、覚悟のうえで働いている……。彼もそれは承知していたはずだよ。だから――涙を拭いて顔を上げなさい。」


「……はい……。」



 SCP財団日本支部は深い悲しみに包まれていた。今回のSCP-939第四次対策任務に際して、負傷者15名、死者7名と多くの犠牲が出てしまったからである。特に、阿比留さんの訃報にショックを受ける人は多く、悲しむ声を何度も耳にした。

 当初の見積もりでは対象Scipの個体数が少ないと思われていたのが、蓋を開けると予想を遥かに超える数だったことから、想定外の被害が出た。財団内ではその見積もりの甘さと管理体制を疑問視する声が上がっている。特に、現場責任者だった赤城と機動部隊長の最上に関しては指示系統が適切がったかの検証がなされているらしい。裏返せば、たったこれだけの被害で案件を処理できたのは奇跡であるにも関わらず、手放しで喜べるような成果では決して無かった。



「……私が……私が不甲斐ないせいで……。」



 全てが終わった今でも何故阿比留さんが亡くなってしまったのかまだ分からない。私は一体どんな行動をとるべきだったのだろうか。任務の後、ずっとそのことばかり考えてしまう。



「君はよくやってくれたよ。阿比留君が倒れて一人だったのにも関わらず大勢の機動部隊員を的確かつ迅速に処置してくれたおかげで、死の淵から数人が帰還したと報告を聞いている。……皆君に感謝しているよ。……救える命がある一方、救えない命があるのも道理だよ。」


「……機動部隊員の方達が処置を手伝ってくれたお陰です。私一人では……何もできなかったでしょう。」



 実際、阿比留さんが倒れた後に大勢の負傷者が私の元に訪れた。私一人では手が回らないところを、隅田や比較的軽症の機動部隊員たちがサポートしてくれたのだ。お陰で重症者の処置に集中することが出来たし、部隊の損失を抑えることに成功した。



「でも、痛感しました……。もっと、強くならなきゃって……。私が医療従事者としても未熟で、精神的にも弱かったから阿比留さんが……。」



 後悔を垂れていたその時だった。ドアが突然勢いよく開かれ、白衣を纏った女性が現れた。



「それ以上泣き言を言うのはやめなさい」



 驚く私を目掛けヒールをコツコツと鳴らしながら歩み寄るその人物は、タイトスカートにつま先の尖ったパンプスを履き、髪を頭部のてっぺんで団子状に纏めた、豊満な肉体を持つ艶のある美しい女性だった。見た目の印象的に30代だろうか。だが、なんというか……迫力がある。



「……?ど、どちら様ですか?」



 こんな美人、一度見たら忘れる筈がない。白衣を着ているから医療関係の部署の人間なのだろうが、私の記憶が正しければ職員ファイルに載っていない女性である。それなのに……どこかで見たことがあるような気がするのは何故だろうか。



「紹介が遅れたね。人員補充のために先日から勤務してもらっているんだ。紹介するよ。三影さんだ。」



 紹介された女性は微笑みながら、私に向かって手を差し伸べた。慌てて私も手を差し出し、握手を交わした。上品なベージュのネイルが良く似合う、白魚のように滑らかな手だった。



「初めまして。三影瑠璃よ。以前は本部で働いていたの。轟さんにお願いされてね、こっちへ転属することになったわ。日本は久しぶりでね。……よろしくね、井上さん。」


「あ……。よろしくお願いします。井上めぐみです。」


「あなた、頑張っているって聞いたわ。あなたみたいな若い子が成長するのを傍で見守れるなんて、私は幸運ね。……何か質問とかあったら遠慮なく聞いて頂戴ね。」



 本部とはアメリカのSCP財団の事である。今や世界各国に支部を置くSCP財団の元祖であり、世界トップクラスの技術や資金力を誇る最高機密機関だ。そんな本部での勤務経験がある帰国子女なんて絵に描いたようなエリートなのは間違いない。これから一緒に仕事をしていく中で、きっと彼女から得る事ができる学びも多い事だろう。



「有難うございます。……あの、専門は何ですか?」


 医療で働くという事は、循環器系や脳神経系、はたまた臨床検査技師など様々な分野の専門知識があるものだ。だから、この質問は決しておかしいものではない。



「専門?うふふ、無いわ。」



 ――すぅっと弧を描く形の良い目の下には魅惑的な泣きほくろ。



「え?」


「専門なんてないわ。オールラウンダーよ。」



 わざわざ2回言わなくても、と思った。今となっては、この時から彼女の事がなんとなく好きになれなかったのだ。そんな私の心の機微を感じ取ったのか、彼女はくすりと笑い、こう付け加えた。



「だって私……。天才だもの。」










後書き

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

Author: sinema

Title: SCP-939 -数多の声で-

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-939

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