第53話 あなたの声で⑥
緊迫した声がスピーカーから聞こえる。声の主である利根川のカメラ映像を注視するが、あまりにも暗すぎて全容を把握することは難しい。
――最上隊長、奴が2体います。こちらにはまだ気づいていません。
――やれそうか?
――問題なく。
――了解。排除せよ。
次の瞬間、幾つもの銃撃音とマズルフラッシュが暗闇を劈いた。いくら強靭な爪や牙を持っていとはいえ、遠くから数人がかりで銃で襲撃されては奴らもなすすべがない。何物にも例え難い声色の断末魔をあげ、奴らは呆気なく制圧されたようだ。
――排除完了。
――了解。俺の方は何も無かったから今からそっちに合流する。
「すごい、2体同時にやっちゃうなんて……!」
財団の機動部隊は優秀だとは知っていたが、これほど容易にアノマリーを排除できることに感心した。
「流石だね。だけど、たった2体だ。もっと多くのScip相手にも同じ手が通じるとは思えない。油断はできないね。」
その阿比留の予想は的中した。
モニターにはただただ赤い空間が映っている。それが何を意味するのか、すぐに判明する事となる。
――なんだ、これは……!
――どうした、利根川?
――すごい数です……!!壁にも、天井にも、奴らびっしりと張り付いて……!数十匹はいます。至急応援頼みます。
――分かった。お前らは一度下がれ。俺達が到着するまで手出しは絶対にするな。赤城、聞こえているか?標的を群れで発見した。周囲の警戒レベルを引き上げろ。
――了解。
――了解。
利根川の説明で理解してしまった。それは身の毛がよだつおぞましい空間だった。壁一面に張り付いたアノマリーが蠢いて、赤い渦となっていた。恐らくこの空間こそが奴らのコロニーなのだろう。
「なんて数……!!うぅ、集合体恐怖症にはちょっときついですね……。」
「一体どれほどの時を経てここまで増えたんだろう?……相当昔に住み着いたんだろうね。利根川さん達無事だといいけど。」
「……勝てるでしょうか?」
「井上クン。勝てるか負けるかじゃなくて、勝たせるんだ。彼らが傷ついてももう一度立ち上がれるように僕らは最善の処置を施すまでだよ。僕らは僕らの仕事をしよう。さ、忘れる前に防護装備を着て。」
支給されたレベルC化学防護装備を装着しながらこれから起こるであろうことを予想する。目や鼻、口元などの粘膜を保護し、呼吸器に有害な気体が流入するのを防ぐ為に財団が作った特別製の装備は一見ガスマスクのように見えるが、世界トップレベルの技術を以てして作られ、その性能は折り紙付きだ。
両手首には番号を振られた防水性電子脈拍計を装着した。腕時計ならば文字盤がある場所に、小さなディスプレイが鎮座している。脈拍を検知し始めたのか、バイタル数値が表示され始める。この数値は遠隔で監視され、生存判定の材料となる。しかし2個も装着する必要があるのだろうか?1つあれば事足りるような気もする。少し大袈裟なのではないか。
これで準備が整った。間もなく、あのおぞましい赤い大群と機動部隊が衝突する。想定よりも遥かに多い数のScipとの交戦だ。それに比べ、機動部隊員はたったの20名足らず。きっと、不相応な戦いを強いられて負傷者も多く出るだろう。阿比留さんと私2人だけで対処するには、優先順位と適切な処置を常に考えておかなければならない。
二手に分かれていた機動部隊が合流したらしく、大量のアノマリーをどう処理するか最上が作戦を練っている。
――奴ら全員を一度に相手するのは危険だ。対処している間に囲まれちまう。C-4爆弾を使いたいところだが、ガスに引火してえらいこっちゃになるかもしれねぇ。いい策は無いもんだろうか。
――最上隊長、スタングレネードを使うのはどうでしょう?こんなこともあろうかとM84を携帯しています。
――成る程。爆発も大きくないし、いいかもしれん。それでいこう。強肩の奴に投げさせろ。できるだけ遠くにだ。
――了解。
武器に詳しくない私でも何となく作戦が理解できた。上手い作戦を思いつくものだ。このScipは明るいところを好まない。スタングレネードは、爆音と閃光で相手を肉体的に傷付けることなく制圧できる武器である。漆黒の暗闇の中、急に閃光を焚けば奴らの暗所に慣れ切った視覚に大きな損傷を与え、混乱させ、無力化させることが出来るだろう。
――お前ら、目と耳を保護するのを忘れないようにな。……いいか?俺の合図で投擲開始だ。いくぜ。3……2……1……投擲開始!!
最上が掛け声とともに手を振り翳したのを見て、ガタイの良い機動部隊員がM84を投擲する。綺麗な放物線を描いて、奴らの渦の丁度中心地辺りで起爆した。辺りがホワイトアウトしたかのように一瞬で光に包まれ、180デシベルもの爆発音と凄まじい閃光が奴らを襲う。思惑通り突然の出来事に奴らは混乱していた。天井や壁に張り付いていたScipはボトボトと地に落ち、悶えている。地を這っていた奴らも、そこらじゅうで伸びきっていたり、じたばたと暴れていたり、効果は覿面だった。
――いまだ!!突撃ィーーッ!!!!
機動部隊員の雄たけびと共に、銃弾の雨が一斉に襲い掛かる。アノマリーを次々と無力化していき、死屍累々の山が築かれていく。その死体を踏みながら奥へ、奥へと機動部隊が進軍していく。少し経つと数匹のアノマリーが正気に戻り始め、反撃すべく機動部隊に襲い掛かる。奴らは暴れながら、強靭な腕をぶん回し、その鋭い爪で切り裂こうと躍起になっている。
――いいぞ、このまま殲滅しろ!!
アノマリーの断末魔、数多の銃声、機動部隊員の叫び声。熾烈な戦いが繰り広げられている最中、あまりに一瞬の事だ。
コロニーの入り口に立ちふさがっていた機動部隊員がやられた。その脇を数匹のアノマリーがまるで蜥蜴のように俊敏な動作で走り抜けた。
――まずい、奴らを逃がすな!!追いかけろ!!外に出す訳にはいかん!!!
彼らは、狭く、複雑に入り組んだ坑道を地上目掛けて猛烈な勢いで目指す。人間の足で追い付けるわけもなく、彼らは嘲笑うかのように機動部隊を置き去りにした。
とうとう、堰を切ったように赤い化け物が地上へ飛び出す。5番出入口のカメラがその様子を捕らえていた。
「阿比留さん、これ……!!」
「あぁ。まずいね。」
私は嫌な予感がして阿比留さんと顔を見合わせた。そして、スピーカーから最上の大声が響く。
――医療チームと赤城に告ぐ。すまねぇ。……!!奴ら、坑道から溢れ出やがった!!
後書き
この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。
Author: sinema
Title: SCP-939 -数多の声で-
Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-939
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