第52話 あなたの声で⑤


 Scipの棲家への入り口が判明した時刻は午後1時。捜査をするにはまだまだ余裕のある時刻である。キャンプ地に戻ってきた最上は件の映像を確認すると利根川に指示を投げた。



「利根川。迅速に5番出入口へ向かい、周辺の地形調査を行え。俺達は準備を整え次第現地に向かう。合流出来次第、掃討作戦を実施する。」


『了解』


「よし。じゃ、俺達も現地へ向かうぞ。赤城はここに残れ。あんた達は救急救命車で後ろから付いてきてくれ。できるだけ近くの山道に停めて君たちは待機してくれ。」






 


 山道を車で15分程走ると目的地に到着する。これ以上は車では侵入不可能な、方向転換がギリギリできる幅の広場に駐車する。舗装されていない道路の運転は大変だった。車が跳ねて何度も打ち付けられた臀部が痛むが、それよりも気になったのは森の中の風景だ。

 フロントガラスから空を見上げるが殆ど青い空は見えない。無秩序に成長を遂げた樹々の葉が鬱蒼と広がり日光を遮っている。そのせいで森は昼間だというのに薄暗く、さらに水はけを悪くしている。道路に出来たぬかるみでタイヤが何度もとられそうになった。

 車を降りると、異様な空気に漸く気付いた。湿気を孕んだ不穏な空気が森に立ち込めている。それだけならば良かったのだが、微かに腐臭が漂っている。



「……何か死んでます?」


「さぁな。この森では死骸や糞などの生き物の痕跡が全然見つからねぇ。そんな死骸があれば獣が喰いに寄ってきてもおかしくないがさっぱりだ。……俺は現地へ行くがあんたらはここで待機だ。後で警備を寄こすから安心しろ。機動部隊のゴープロの映像は配信するから後で拾って観てくれ。俺は利根川とちょっくら話してくる。……そうだ、レベルC化学防護装備をそろそろ着といてくれ。防水性電子脈拍計もな。」



 矢継ぎ早に指示を出すと最上は森の奥へ向かって颯爽と姿を消した。



「……行ってしまいましたね。」


「そうだね。僕らは戦闘の邪魔にならないように車内に籠っておこう。」



 阿比留さんが車内のモニターに何やら機械を接続し、小さなリモコンで何かを設定しているようだった。



「それは何を?」


「最上隊長のゴープロ映像のチャンネルに合わせようと思って。……おっ。キタ。」



 映し出された映像はガクガクと激しく揺れ、一面に緑色が映っていることから森の中を走っているのだと推測できるが、ブレが酷くてまともに見れたものではない。このままずっと観ていたら画面酔いしてしまいそうだ。目を逸らしつつ、私は車内のスピーカーを調整することにした。この車両には高性能のアンテナが備わっており、各部隊からの無線をキャッチすることが出来る。運転席と助手席の間、通常の車であれば冷暖房のツマミがある場所に無線のチャンネルを操作できるタッチパネルが設置されている。事前に割り振られていたチャンネルに数字を合わせると、丁度機動部隊の通信をキャッチすることが出来た。利根川が機動部隊員に指示を出しているようだ。無線は2つまでキャッチすることが出来る。もう一つは〈赤城ー全体チャンネル〉に合わせた。ジジ、と微かにノイズが載っているが赤城と最上の会話がスピーカーから流れてきた。



――坑道内はコールベッドメタンが発生している可能性があるわ。機動部隊員はガスマスクを装着して。ガス濃度が1.5%を超えた場合は即時作業中止。良いわね?それから落盤や爆発が起こる可能性があるから慎重に。


――了解。では、我々機動部隊は坑道内に突入し、目標の駆除を開始する。俺と利根川で2班に分かれそれぞれの指揮にあたる。赤城、バックアップを頼む。医療チームは現在位置で待機。もしかしたら入り口付近まで出てきてもらうかもしれない。では、皆。幸運を祈る。――最上班突入!



「ついに始まりましたね」



 最上の号令と共に機動部隊が坑道内に突入する。役割分担がきっちりとされているようで、前方のクリアリングする者・LEDライトを壁面に設置する者・退路を確保する者、様々だ。流石、修羅場を潜り抜けてきた機動部隊だ。見事な連携で見る見るうちに坑道内の様子が露わになっていく。



――古い血の跡を発見。獲物を引きずり込んで捕食していたのでしょう。新しい血痕があるが、こりゃさっきの鹿ですね。この血痕を辿ります。



 この坑道は50年近く封鎖され、捨てられていたものだ。中は荒れ果てていたものの、かつての作業員が身に着けていたであろう衣類や手袋、シャベルが散見された。地面には掘り出した鉱物を運搬するために使われていたと思しきトロッコのレールがまだ残っていた。真っ黒に錆びついていて使える代物ではない。



――最上隊長、こちらから強い腐臭がします


――奴らの残飯が貯め込まれているのかもしれん。周囲に奴がいる可能性が高い。注意せよ。


――了解



 阿比留がモニターのチャンネルを切り替える。最上のカメラが映す光景と似ていることから、こちらは利根川のカメラだろう。数人の機動部隊員が分かれ道になっている坑道を隅々までチェックしていく。



――利根川さん、見てください



 1人の隊員が利根川を招くと、そこには最上の推察通り残飯が山になっていた。鹿や猪が干からびたミイラのようになっており、中には腐って異臭を放つ肉塊もあった。悪臭の発生源はこれで間違いないだろう。

 標的のScipには消化器官が存在せず、循環器系・神経系も存在しない。生理機能上、摂食を必要としないはずの彼らが何故餌を捕食するのか理由はまだ解明されていない。単なる栄養摂取を目的とした食事ではないからだ。その証拠に、犠牲となった獣たちは比較的形を保っている。彼らの深海魚のように鋭い牙で負傷した痕はあれど、食い千切られたり、嚙み砕かれた様子は無い。これは彼らが獲物を飲み込み、しばらくしたらそれらを吐き出してしまう形の食事をとるからである。



――最上隊長、あんたの言う通りです。残飯の山を発見しました。


――了解。周囲の警戒を怠るな。こっちはハズレのようだが、念のため最深部までの調査を行う。


――了解



 モニターを集中して観ていたところ、フロントガラスをコンコンとノックする人物が現れた。



「機動部隊です。これより医療チームの警備にあたります。」


「最上さんから聞いています。よろしくお願いします。」



 2名の機動部隊員が派遣され、車の周辺を監視し始めた。機動部隊員の装備に詳しくないが、彼らは全身を防護服で固めていて、まるでハリウッド映画に出てくる特殊部隊そのものだ。日本ではそうそう見ることの無い銃を彼らは携えており、正直なところ威圧感を感じる。彼ら機動部隊員は厳しい訓練をこなした精鋭の集まりなのだという。世界各地に現れるScipを対処するのは主に機動部隊だ。命を落とす危険だってある。そんな彼らの後ろ盾となり、彼らの致死率を下げる働きをするのが我々医療チームだ。彼らが十二分の働きをするには、医療チームが万全の受け入れ態勢を整えて彼らに安心感を与えることが大事なのである、と研修期間に教わったものだ。









後書き

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。


Author: sinema

Title: SCP-939 -数多の声で-

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-939

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る