第41話 美味しいザクロの調理法④

 鳴瀬と星谷は汗だくになりながら2人でチゲ鍋をつつく。具材は大根、豆もやし、ブナシメジに厚揚げ豆腐、キャベツと主役のザクロだ。スープは市販のものを使用した。

 チゲ特有の匂いによってザクロの臭みが搔き消され、具材を頬張るとスープに溶け出した具材の旨みがじゅわりと口いっぱいに広がる。癖になる辛さが実に食欲をそそる。箸が止まらないとはこの事だ。


 この3日間は、実に有意義な時間だった。鳴瀬はこの実験結果をレポートに纏め、次のSCP財団日本支部研究発表会にて公表するらしい。

 最初はこの実験に否定的だった星谷の意識もがらりと変わった。Scipとはただ人類に害をなす恐ろしいものだと思っていたのだが、まさか有効活用できるとは思っていなかったからである。過去にScipを終了させるために別のScipを活用した実験が行われたことは既知であったが、そんな殺伐とした実験ではなくて平和的使用の為の実験というものは彼にとって初めてだったのだ。


 

「そういえば椎名氏がSCP-890₋JPになってまで食べて貰いたかったのって、何でなんでしょう?人は人に食べられて一生を終えるべきだなんて、ちょっと変わった考え方ですよね。」



 星谷はこの数日間散々食べてきた女性、椎名氏に思いを馳せる。報告書に載っていた、彼女がモデルになった絵は大変美しいものだった。鳴瀬とはまた種類の違う美人で、愁いを帯びた笑みを浮かべる彼女はどこか蠱惑的な雰囲気を醸し出していた。偏見と憶測でものを言うが彼女ほどの美貌の持ち主であれば、自ら死を選ぶような生き方をうまく避けて順風満帆な生き方ができるように思われた。


「そうねぇ。星谷君はチョウチンアンコウのペアがどうなるか知ってる?」


 星谷は首を横に振った。動物には明るくない。


「深海では繁殖相手を探すのが困難よね。チョウチンアンコウは、オスとメスが出会ったらオスはメスに嚙みついて、そのままメスの体の一部となるわ。生殖能力だけを残して、メスの身体に吸収される。……自分の身体を相手に捧げる行為が彼らなりの生存戦略で、生きる目的だったのよ。私はこれと同じ物を椎名氏に感じたわ。」


「相手の身体の一部になる事が、愛なんですかね。……だとすると、僕には椎名氏がPOI-8519-JPに、自分の事を忘れてほしくなかったんだと思います。相手が生きている限り、ずっと一緒にいるって考え方です。……ちょっと、重いかも。」


「そもそも、給餌という行為は最も原始的な愛情表現だと思うの。母鳥が雛に餌を与える行為だって、ペアに餌を与えてプロポーズするのだって、決して珍しい光景ではない。人間だってそうよね。美味しいお店を見つけたら恋人を連れて行きたいって思うだろうし、手間がかかるのに母親は子供にお弁当を持たせるでしょ。君だって、兄弟の為に毎日お弁当を作るわよね。それと同じで、椎名氏が与えた食事がたまたま彼女自身だったってだけ。」




「それって愛なんですかね」



「さぁね。」




 話を広げるうちにいつの間にか目ぼしい鍋の具材は全て2人の胃の中に消えてしまっていた。つゆを温め直し、冷凍のうどんを2玉鍋に投入する。蓋をして少し待てば、〆のチゲうどんの完成だ。



「それなら……。僕がザクロを弟たちの為に持ち帰りたいっていうのも許されますか?」



 星谷はラップで包んだザクロを掲げて見せる。この日培養したザクロの余りだ。

 この美味い肉を兄弟たちに食べさせてやりたい。

 そう思うのも、愛のはず。


 


「駄目よ。公私混同はプロじゃないわ。」


「ですよね。残念です。」



 あはは、と軽く笑い飛ばす星谷は、半分本気だったのだろう。鳴瀬は彼のそういったところが気に入っている。鳴瀬にとってイエスマン程退屈な人間はいない。彼女の意図しない方向へ話を飛躍させてくれる存在は稀有なのだ。採用するたびに辞めてしまう部下を補填する為の採用試験に首を突っ込んだ甲斐があったというものだ。



「あなたも大概ね」


「……うどん、煮えたみたいです。頂きましょう」



 真面目な思考の人も、慎重に事を進める人も、行動が早い人も、愚者も賢者も組織には一つまみのスパイスとして必要だ。これこそ多様性というものであり、組織を発展させるために必要な要素の一つである。全員が同じ色だとつまらないし、生物学的な見方をすれば、弱点を突かれると全滅してしまう。だからこそ、尖るのだ。尖った変な奴が、未来を創る。


 

 真っ赤に染まったチゲ鍋から真っ白なうどんを箸でつまみ上げる。そうそう、こういう赤に染まらない奴がまた美味いのだから。



「もうひと玉入れない?」



 こうして、鳴瀬研究チームの夜は更けていく。次はどんな実験をするか考えながら。




【あとがき】

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

Author: tonootto

Title: SCP-890-jp -培養肉のジャータカ-

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-890-jp

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